サイトマップ ヘルプ 動作環境 お問い合わせ
トップページ > オンエア情報 > 炎神戦隊ゴーオンジャー

オンエア情報-ON AIR-

go-ongerinterview01

突然姿を消した走輔への思いにふける東次郎

ヒーロー作品でいえば、円谷プロがホームグラウンドともいえる真夏さんだが、いよいよ戦隊シリーズにも御出演。撮影もアフレコも終えて一段落した今、全体的な感想から聞いてみた。

「デビューはウルトラマンですが、東映作品では2時間ドラマや時代劇でもお世話になっています。でも戦隊モノというのは始めてでして、最初は『出てもいいのかな?』と思ったりもしました。(現場で感じたのは)デビュー作への根強い想いというか熱気というか、スタッフさんがこんなに熱く想ってくれてるんだなということです。そちらの方に感激しましたね。」

確かに現場では、記念写真やサインのお願いが多数あったとか。ちょうどスタッフの主流がそういった世代なのである。

「(ロケセットでも)ウルトラ不動産とかアストラなんとかなどと広告が貼ってあったり(笑)」

小道具さんも映らないところまで凝っていたようである。
さて、そういった撮影の中での真夏さんの役どころといえば、「レッドの恩師というか、元監督といったところですね。」

ならば一番共演シーンの多いゴーオンレッド・走輔役の古原クンの印象を聞いてみよう。

「ヒーローをやるだけの魅力がある人です。好青年ですし。本当に頑張り続けて欲しいという思いがありますよね。自分の出演作を事前に何本か観てくれたそうで、その話しを盛んにしてくれました。」

何か演技に対する質問をされたり、反対にアドバイスをしたりということはあったのだろうか。

「あの頃はこうだったよ、なんて話はしましたかね。当時はCGとかも無かったので大変でしたがそれなりの良さもあるし、もちろん今のCGの良さもありますし。とにかく主役は大変ですよね。この作品も一年間ですから・・・一年は大変ですよ!だから『大変だね』と肩をたたいてみたりもしました(笑)。」

今回の撮影は三日間の参加ということなのだが、ヒーロー作品としてその他の印象はどうだったろう。

「スタッフの方たちが優しくなりました。昔はもっと時間が無かったんじゃないですかね。例えば合成カットの場合、このワクからはみ出したら撮り直しとか、全て時間がかかったんですね。けっこうスタッフがピリピリした状況の中でやってました。だから、こんなに優しかったらよかったなあと思いました。」

チェンジする走輔を見て驚く!

フィルムで撮ってアフレコをする。この昔ながらの戦隊スタイルは、ベテランの真夏さんにとっては逆にやりやすかったのではなかろうか?

「(水を一口飲んで)いや、アフレコは慣れないですよ。この前演ったことなのに、『そんなスピードで読んだかな』とか『そんなに間を空けたかな』とかちょっと手こずりました。」

ハハハと笑う真夏さん。

「感情がねぇ。その時の感情を思い出しながら、その尺(秒数)でセリフを言うのが大変でしたね。もう少し工夫をすれば良かったと思いました。声の仕事はやってるんですけど全くそれとは違います。自分の口に合わせること、自分の芝居に合わせることというのは難しいですよ。自分の芝居って恥ずかしいですからね。」

ということは御自分の出演作は見なかったりして。

「見る場合と見ない場合と!(笑)今回はもちろん見ますよ。」

オンエアが終わった今頃はどんな御感想だろう。

さて御自身がヒーローでもある真夏さんにとって、子供の頃のヒーローはなんだったのだろう。

「紙芝居や映画より、もうテレビですね。月光仮面とか少年ジェットとか。ウルトラマンやマグマ大使の頃はもう大きくなってたかな。いつ頃からヒーロー物があったか憶えてないんですけど・・・」

そして気が付いたら御自分がヒーローに?などと聞いてみると

「イヤイヤ、その時はもう23歳ですからちゃんと気付いてますよ(笑)」

ではヒーロー作品以外では?

「萬屋錦之助さんとか、寅さんの渥美清さんとか若大将の加山雄三さんとかですね。」

ということは映画のスターに憧れて俳優を目指したりしたのだろうか。

「役者になるきっかけね・・・まず三歳の時に親戚のおじさんから『大きくなったら何になるの?』と聞かれて『ヤクチャ!』と言ったらしいんですよ。役者というものに対してどういう解釈だったかは定かでないんですけど(笑)。」

おお、さすがに意思がはっきりしている!という訳ではないが、御自身の明確な希望としてはどうだったのだろう。

「中学・高校の頃でしょうか。もちろん三才の時に役者と言った手前そうならなくてはマズい!なんてことはないのですけど。おぼろ気ながらは思ってました。その頃としては・・・自己表現でしょうね。文章が書ければ作家と言ったでしょうし、メロディが浮かべば作曲家だったかもしれませんし(笑)。自分がここで生まれて育ったという証しですね。大学を出て会社に入って偉くなってという発想にはなりませんでした。スターに憧れてそこを目指したいというよりも、どこかで自己表現がしたかったんでしょう。悩める青年ですか?そうだったんでしょう、きっとね。進路なんてそういうものじゃないですか。それにしても『ヤクチャ!』の話は、本当なのか、嘘なのか、陰謀なのか、三才でねぇ。耳打ちされたのかな(笑)。」

走輔「俺は奇跡を起すんです」
東次郎「変わらんな。お前は。」

擦りすぎて指をケガした走輔に黙って絆創膏を渡す