他の映像作品がそうであるように、東映作品もまた驚くほどたくさんの人達の手によって作り上げられています。その作り手達を知れば、自ずとその作品も見えてくるのではないでしょうか? そう考えると話を聞いてみたい人はたくさんいると思います。そこで、不肖未熟の身ではありますが、私が会員のみなさんに成り代わり、いろいろな方にお話を伺っていきます。今回はこの方にターゲットを合わせました。みなさんの聞きたいことが、少しでも聞き出せていると良いのですが・・・・。

第5回 白倉伸一郎
-『仮面ライダーアギト』プロデューサー-
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photo  どうやら今朝のテレビ『王様のブランチ』で紹介された影響が大きいらしい。たいして広くはないその店内は既にお客でいっぱいだった。テーブル席が3つ、座敷も3組程の席しかない。かろうじて入り口近くのテーブル席が空いていたので、私たちは必然的にそこへ座った。店の奥に置かれた小さなテレビが夜のニュースを流している。いかにも大衆向けの気兼ねのいらない店。ふと見上げると天井には客のものらしい数枚の名刺。何のおまじないだろう。私たちが座ったすぐ後にまた客が来た。その客は満席の店内を見回し残念そうに店の名刺をもらって帰っていった。ギリギリセーフ。
 新宿・歌舞伎町からさらに大久保方面に抜けると職安通りがある。この通り沿いには見慣れないハングル文字の看板が溢れかえっている。日用雑貨などの安売りの大手チェーン店、焼肉店、肉の安売り店、そして通りの向こうには韓国市場まである。肉の安売り店の角を曲がるとそこは静かな住宅街だった。
「こんなところに店があるのだろうか?」
100m程歩くとぽつりと赤い看板が見えた。当然ハングル文字は私には読めない。
「むかしのふる里」
小さく日本語も書いてあった。
 ガラスの引き戸の前にメニューが置いてある。ちょっと一見(いちげん)さんでは尻込みするかもしれないそのたたずまいをモノともせず、その人は店内へと入っていった。この店は会社の先輩に教わったというその人のリクエストだった。韓国家庭料理がとてもおいしいと評判なのだそうだ。
 明るい片言の日本語で出迎えてくれた女主人は、とても気さくな感じでお隣のおば…いや、おねえさんといったところ。
「どこでメシを食いたいか?って聞かれたら、やっぱりここで食いたいと思わせる店な訳ですよ」
と、屈託のない笑顔で言うその人が今日のターゲット。朝寝坊したい日曜の朝を大人も子供も早起きにさせる張本人、『仮面ライダーアギト』のプロデューサー・白倉伸一郎氏だ。彼は東映入社以来、数々の特撮ヒーロー番組に携わって来た。


 誠に失礼ながら私は白倉氏については『仮面ライダークウガ』に途中から参加された、と言うことくらいしか知らなかった。きっと私がこの仕事を始めた頃にはテレビ朝日に出向されていて、特撮番組にはいなかったからだ、と勝手に思っている。すらりとした細身の長身に鋭い目が光る彼はまだ35歳。そう、この鋭い三白眼が初対面の人間にはちと、コワイかも…。
 ま、まずは一般的な質問から、
「白倉さんのご趣味は?」
おいおい、お見合いじゃないんだから、とひとり突っ込みをしたくなるような質問だけど許してください。
「しょうがないから読書とか映画鑑賞とか、コンピュータとか答えてますね」
軽く煙草を吹かしながら意外な程にこやかに答えるその姿に、気負っていた私は少し安堵した。
「コンピュータはすごく凝った時期がありましたね」
そうそう聞いたことがある、今運営している東映オフィシャルサイト『TOEI TV WEBSITE』のシステムを作ったのは白倉氏だと。
「ああいうシステムにしたのは自分でなくても更新ができるように、って。プログラマーでもあったんで」
彼が大学生だった当時「インターネット」なんて言葉はまだ使われてなくて「パソコン通信」とか言っていた時代、彼はプロのプログラマーとして名を馳せていたらしい。プログラマーもできるプロデューサーかぁ。頭の中はさぞやデジタルなんだろうなぁ。「変なプログラムばっかり作っていた」んだそうだ。どんなプログラムだったんだろう。当然その片鱗は子供の頃からあったに違いない。
「もしかして、電子ブロックが好きだったんじゃありませんか?」
と、同席のC氏がかなりマニアックな質問をぶつけた。
「電子ブロック好きだった、小学生の時とっても」
と、満面の笑顔。
 この『電子ブロック』とは、1965年(昭和40年)にその第1号が発売された電子部品の組み立て玩具で、当時の小学生男児は相当数が熱中していたらしい。(詳しくはこちらをご覧いただきたい。http://www.denshiblock.co.jp/)だが、実のところ私は全く知らなかった。ぽかんと口を開ける私に彼は親切丁寧に『電子ブロック』なるものの説明をしてくれた。知識をひけらかすことなく知らない者には丁寧に教えてくれる、彼の人柄が垣間見えた。
「プラスチックのケースの中に部品が入った、まあ、積み木みたいなモンです。回路図の通りに作れば…極端に言えば部品ブロックを基盤に置いて行く訳ですよ。そうすると回路が出来上がって、ラジオになったりとかジャイロダイバーになったりとか…ならないか。電子ブロック好きはそういう方向(パソコン好きとか)へ行っちゃうんですかねぇ。電子ブロックってすごいメジャーなおもちゃだった。2種類あって、板に穴が空いていてそこへICみたいな足が生えているブロックを差し込む、つまりブロックが凸か、凹か…難しいですね。って、電子ブロックの話してどうするんだって(笑)」
と、シャープな顎に白い歯を見せて笑いながら言う彼はとても嬉しそうだ、自分で突っ込んじゃったりもして。
「ハマったのが後期の時だったんで、器の中にブロックを差し込んで行くタイプ…突起物がないから安全なんですよね」
ああ、板に差し込むか、器に入れるかの2タイプあったわけね。
「バスタブみたいになってなっているタイプですね」
う〜ん、同世代のC氏もノリノリ。
「そうそうそう。こっちにスピーカーユニットがあって…。その前っていうのは穴あき基板に部品を差し込む穴が空いていてグサッグサッて差していって。要するに基盤に差す部品ひとつひとつがブロックに入っていると思えばいい訳ですよ。スケルトンパーツですからね、美しいモンですよ」
う〜ん、電子回路に美を見いだしちゃったのかしら? しみじみと語るその瞳は懐かしさに溢れていた。しかもそのアナログ回路の大切さまで教えてくれた。
「結局コンピュータを動かすのは電源だったりするし、電源ってアナログ回路の固まりな訳で。何が壊れるってアダプターと電源が壊れる訳ですよ。そういう所って絶対必要だし。暖房器具つくるにしても、何作るにしても、”デジタル”っていうだけでは行かないんですよ。技術者魂がある訳ですよ」
白倉氏はそのクールな外見とは違って意外と熱く語る人な”訳ですよ”。って、白倉口調が移ってしまった。「物事にはなんでも理由がある」と言わんばかりのその口調。説得力が違う。しかも”技術者魂”だなんて、年輩の人が聞いたら涙流しちゃいそう。しかも真の意味での”デジタル”と”アナログ”を押さえている。(と思う。漠然としか解っていない私は目から鱗がハラハラ)
「いや〜、一応理系を目指していたんですけど、算数がダメだったんで。数学じゃなくて算数。何せかけ算で挫折する人間だから俺は。それでも小学2年の時に九九を半分憶えた訳です。これで俺の人生は安泰だと思ったんだけど、その後次々と関門が出てくるじゃないですか。割り算! とか、分数! とか「勘弁してくれ!」って。円周率がでてきた時も、3.141592………「やめてくれ! その訳の解らない数字」って。そこで「美しくないな、数字は」って思ってしまった訳ですよ。まあ、後から思ったことですけど「訳解らないから”π”で表しちゃうよ」って言ってくれればそれで納得したんだけど、3.14ってもっと延々と続くんだよって、何百万桁って計算中なんだって言われると、それを憶えろって話になるんじゃなかろうかって、すごい戦々恐々として…(笑)」
これまた意外な事実が。
「はい、お待たせしました」
と明るい声で女主人がキムチやナムルが入った小鉢を5つ、その狭いテーブルへ手際良く並べた。韓国家庭料理の良いところのひとつに、キムチなどのいわゆる漬け物は無料というのがある。好きな人はこれだけでご飯が食べられてしまう。続いてビールと2皿ほど料理が並んだ。よく冷えたビールがすーっと白倉氏の喉奥へと吸い込まれていく。


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