他の映像作品がそうであるように、東映作品もまた驚くほどたくさんの人達の手によって作り上げられています。その作り手達を知れば、自ずとその作品も見えてくるのではないでしょうか? そう考えると話を聞いてみたい人はたくさんいると思います。そこで、不肖未熟の身ではありますが、私が会員のみなさんに成り代わり、いろいろな方にお話を伺っていきます。今回はこの方にターゲットを合わせました。みなさんの聞きたいことが、少しでも聞き出せていると良いのですが・・・・。

第3回 セルジュ・ヴァシロフ
(仮面ライダークウガ・ジャン役)

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 交差点の向こうにあるからくり時計が動き出した。結構人が集まってる。やっぱり珍しいのかな。その側には、TVでやっていた古い映画で見た”人力車”ってやつが、2台も並んでる。見渡すとこのT字路の交差点のこちら側にも、人力車がある。おお、カッコイイ法被姿のお兄さんが、若い女の人に声を掛けてるぞ。
「へぇ結構、外国人が多いんだ……」
東京・浅草、雷門前を待ち合わせ場所に選んだのは、失敗だったかな。いくら暮れとはいえ、やはり日本を代表する観光地は外国人観光客が後を絶たない。ちょっと不安になった。今日はツイてるハズなんだが…何せ幸運にも、かなり撮影が佳境になっている『仮面ライダークウガ』の出演者にアポイントメントが取れたから。その正体(?)が知られていないその人と、ここで待ち合わせをしたのだ。それにしても、なんていいお天気なんだろう。取材にはもってこいのお天気だ。

「あ!」
雷門の前に現れたその人は、長身に古着のコートを羽織りデイパックを肩に掛け、少し延びた栗色の髪を風に揺らしていた。いくら外国人が多いと言っても、やっぱりジャンはすぐに解った。そう、今日は『クウガ』の考古学研究者、ジャン・ミッシェル・ソレル役のセルジュ・ヴァシロフさんの正体に迫ろうと思う。
「こんにちは! 浅草までご足労頂いてすみません」
頭を下げたいのだが、その長身のため見上げるようにして挨拶をした。
「いえ、僕、好きですからこういうところ。それにお天気も良いし」
TVよりも流暢な日本語に驚くやら、ホッとするやら。しかも気配りのお言葉。これなら、コミュニケーションは心配なさそうだ。
 早速仲店通りを歩き始める。人が多いせいか特に目立った感じもなく、誰もジャンだとは気づかない。
「歩いているくらいなら、みんな解らないみたいですよ。お店の中とか買い物途中とかなら”ジャンだ”って言われた事はありますけど。でも子供にはないですね」
と、セルジュさんはすんなりと周りの風景に溶け込んでいた。
仲店通りのほぼ真ん中あたりにある煎餅屋で、ばら売りの煎餅を2枚買った。その姿も店主との会話を楽しむかのようでとても嬉しそうだ。

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 ずっと気になっていたこと、そして一番聞きたかったことを、まずは聞いてみた。
「セルジュさんはどうして日本に来たんですか?」
買ったばかりの煎餅のうち1枚を取り出し、くずがこぼれないように気をつけながら小さく噛んだ。
「あ〜、ルーマニアで高校を卒業した92年、ルーマニア大学の入学試験の終わった頃に、日本の文部省の奨学金の話が来たので、その時にテストを受けちゃって。で、受かっちゃたんですよ。う〜んと、なんだろう、ルーマニア大学の試験と奨学金の試験は大体中身が一緒だったんで、意外とやりやすかったですね」
そう、セルジュさんはルーマニアから来た国費留学生。今も埼玉大学大学院に在籍中の学生さんだったのだ! それでもどうして”日本”なんだろう? 元々日本がすっごく好きだとか…?
 「興味はあったっていうか…でも、あってもしょうがないと思っていたんですけどね。だって日本に行くことなんてないだろうと思ってましたから。だから日本については、その存在と漠然とした知識だけしかありませんでした。言葉もしゃべれないし。
留学している友達や、空手とか柔道とかやっている友達は日本について詳しいところがあるけど、photo僕は漠然と歴史くらいしか知らなかったですね。それも、小説から。アメリカ人が書いた小説『Shogun』とか。だから、なんにも知らなくて来たと言っても過言ではないですね」

軽く言ってるけど、そんな良く知りもしない国に、しかもルーマニアからずいぶん遠いのに、たったひとりで来ちゃうなんて…。言葉も知らなかったって…。あれ? 今めちゃめちゃ流暢な日本語しゃべってるけど?
「来日した時はまだ19歳だったんで、すごい集中的に言葉を覚えちゃったんです。1年目は日本語学校に通って、その後に普通の大学に行くようなプログラムだったから」
彼は浅草寺を見上げながらさらりと言った。
「大学はどうしても関東に残りたくて、それも漠然と。特には理由は無かったんですけどなんか東京がいいなぁと思っていたんで、埼玉大学に。国立しか入れないんで、国費留学生だから。成績はそれほど良くはなかったから、一橋大学とか東大というのは難しくて、じゃぁ都内に一番近い埼玉にって」
そんなにこやかに軽く話しているけど、これって普通はすっごく悩んじゃうことじゃないの? 正体を暴くつもりが、逆に益々謎な人になっていく。





気を取り直して、質問質問。
「大学ではどんな勉強をしているんですか?」
「最初は経済。ルーマニアの大学では国際貿易みたいな勉強していて、日本に来るので半年くらいで辞めちゃったからこのまま経済やろうと思ったんですよ。で、4年経って大学院への進学を考えた時に折角進学するんだったら、もっと日本に近いところを勉強したいと思って。それで、文学やろうと。高校の時から気になっていたんです、文学を勉強するってどういうことなんだろうって。本読むのは好きだったし、でも、それだけじゃ文学を勉強するっていうのとは話が違うだろうと思って。で、学部の4年生の時に勉強して大学院に入ったんですけど、さすがに2年では卒業できなかったら、残念ながら留年して今、3年生です」
餌をもらう事に慣れた鳩が、人間を恐れることもなく群がっていた。時折その翼をはばたかすが、埃を舞い上がらせるだけでどこかへ飛んでいくような様子は無かった。
「いよいよ卒論を書かなくちゃいけなくて、来年発表だから。まだだいぶ残ってますから、かなり大変。論文用に本、結構読みますよ。読み過ぎ、読んでばかりいないで早く書きなさいっていうところなんだけど(笑)。でも、読むのは結構遅いですよ。そうしないと無責任な発言になっちゃうから。なかなか難しいですよ。読むのはたぶん性分に合っていると思うから全然大丈夫ですけど、書くことになっちゃうと…」
論文のテーマは太宰治だそうだ。日本人の私だってそんなに読まないのに…、しかも読むだけでなく論文書いちゃうなんて、すっごい!
「もちろん日本語で書くんですよね?」
「日本語で書かないと『日本近代文学修士論文』にならないから(笑)」




photo 浅草寺を抜けると、花やしき。かなり古い遊園地で、民家の軒先をかすめるようにしてコースが造られているジェットコースターは、別の意味で怖さがあるともっぱらの評判で、ご存じの方も多いだろう。そのすぐ前にある、大衆食堂風のメニューサンプルの古びたショーケースが置かれた小さな店に、セルジュさんは吸い込まれて行ってしまった。
「どうしたんですか?」
「いや、この日本酒、燗してもらえるなら欲しいなぁと思って」
外見は全くのヨーロッパ系外国人なのに、右手にカップの日本酒、左手に煎餅。う〜ん、この人はどこの人? そんなに日本が気に入っている理由はなんだろう? さほど興味の無かったハズの日本なのに、どうしてこんなにハマっているのだろう? 
「折角ここ(日本)にいるんだからハマらないと。だって、面白いことは当然あるはずだし、それを探さないと。お金が無くても出来ることは全部やりたい!」
”好奇心旺盛”。そんな簡単な言葉では片づけたくない前向きな姿勢がひしひしと伝わって来る。それは彼が外国人だから? いや、セルジュ・ヴァシロフその人柄にあるのだと思う。
 そんな彼の好みはこんな所にも現れている。家で見るTV、基本的にはその時にやっているのを見るそうだが、お気に入りの番組がある。NHKの『コメディー お江戸でござる』。
「この前の放送は足袋の話だったんですね。それで「江戸っ子っていうのは冬になっても素足なんですよ」って言ってて。あれ見てから、僕は近所は素足で歩いてます」
そう言って2枚目の煎餅を取り出した。
「これはすごい辛いから、少しずつ食べるようにって店の人に言われたんです」
見ると、煎餅の周りには七味唐辛子がびっしり付いている。これは辛いだろう。慎重に煎餅にかじりついたが、バキッと言ういい音をたてて割れた煎餅が、日本酒のカップの中へ落ちた。
「ははははははは。でも、これはこれできっとおいしいと思いますよ」
全然、気にしないで話は続く。
「結構観光地なんですよ、僕の住んでいるほうは。ここ(浅草)と似てますよ。商店街とか仲店通りとか。東京芸大のほうへ行っちゃうと、もっとすっごい静かになって、”つげ義春”の世界ですよ。今日も上野まで歩いて来たんです。途中ですごい有名な樹があるんですよ。そこなんかもう”つげ義春”ですよ。雑誌でもそういう風に紹介されるんですよ。すっごい地味なところ、あそこ完全に誰もいない。根津のほうももう誰もいない」
”つげ義春”はご存じの通り、『ねじ式』などの代表作を持つ漫画家で、寂寥(せきりょう)感漂う怪しげな雰囲気を醸し出す独特な画風の持ち主。セルジュさんは、そんな”つげ義春”の世界を想像させてくれる、人がいなくて静かなところが好きらしい。私は外国人はみんな明るい派手なところが好きだと思っていたので、あっけに取られた。
「残念ながら今年はあまりお金無かったからいろんなお店に入ったり出来なかったけど、そういう意味でも根津のあたりはたぶん面白いと思う。樽が並んでておばちゃんがひとりでやっている店とか。この前ひかりさんとそういう話しをしたら、ひかりさんもやっぱりそういう店しか入らないって言ってたんですよ」
おや? この二人、役じゃなくても気が合うみたい? 
そして好きなお酒はもちろん日本酒。「その時代を想像しやすくしてくれているようなお店」で飲むのが好き、というセルジュさんの最近のお気に入り銘柄は”一ノ蔵”と”男山”。もちろんほかのお酒も!
「JAZZ BARに行ってバーボン飲むのも大いにOK」
だそうだ。
ちょっと日が傾き始めて、風が冷たくなってきた。
「うん、おいしい」
七味唐辛子煎餅入りの日本酒が少しずつ減っていた。




photo そんな日本好きになったルーマニア青年がどうして役者になったのだろう? 第2の大きな疑問。
「あ〜、たまたまですね。ホントですよ。何かあったら後で考えようって。留年になったときに当然奨学金もなくなっちゃって、収入はゼロ。節約するモノも無かったし、本当にもう働かなくちゃならなくて。色々な仕事をやってたんですよ、この1年。だいたい3ヶ月くらいで辞めたり違うところへ行ったりして。最初なんか、コンピュータ関係の雑誌で広告の営業とかやったりして…。それも、パートタイムだったんでまあ勉強にはなったんですけど、フルタイムで集中してやらないと当然営業成績が上がらないし。まあ、広告の営業は大変でしたね」
また、そんなに軽く話す。異国で仕事をすること自体大変なことではないの? セルジュさんにとって、日本はもう”異国”ではないっていうことなのかな? 
「そこでたまたま知り合ったオーストラリアの男性が今の事務所に所属していて、その人の紹介で入ったんです。
 それでこの『仮面ライダークウガ』の話が来て、オーディションに行って高寺(成紀・番組プロデューサー)さんと話しただけで…。その内容もバイクに乗って温泉に行ったりするとか、家に風呂が無くて銭湯に通っているとかそういう話…。それで「日本的なところがあるんだ」って盛り上がって(笑)。住んでいるところも日暮里だっていったら気に入ってもらえたみたい…。だから、オーディションはいつ始まっていつ終わったかわからない、ずっとおしゃべりして騒いでて。その後は名前呼ばれて「明日撮影あるから、この後本読みまで付き合って欲しい」って」
なるほど、速攻で決まった役だったんだ。それにしてもなんて自然に物事を受け止めてしまうのだろう。全てが始めからそういう風に流れていくのが決まっていたかのように…。
「オーディションは最初十数人いたんですよね。でも、話終わったときに、これは選ばれてもおかしくないかもと思った。楽しかったもん、一番楽しかった(笑)。全体的にも良かったし、それにホント天気も良かったし(笑)。良いところですよね、あの東映撮影所の周りとかって。すごい静かだし。特に裏道を歩くとすごい静かになっちゃうんですよ。良いところだなって思って」
だからって、その日(オーディションの日)のうちに本読みと衣装合わせまでしちゃうの? 
「もう、楽しそうだったから「よし! じゃあ最後まで居よう!」って。もう帰りたくなかったから、ずっと東映撮影所にいたかったから(笑)。それでも流石に本読みになっちゃうと……つらかった。面白かったんですけど…。みんなすごい良い声してましたからね、役者の。でも、自分はこういう風には読めない、でも普通に本を読むようには読んじゃいけないし。セリフ自体ちょっと、音的に発音しづらいところもあって、もう全然ダメ! 同じところで止まったりして、みんな待ってるっていうそれも余計に気になって。マズイ! って。結局言えなくて「今日のところはお疲れさま。明日までに憶えてきてね」って言われて(笑)」
そういうところから始まったんですね。でも、今はとても撮影が楽しいというセルジュさん。そこで『クウガ』撮影秘話を伺った。
「『クウガ』は遠方のロケが多いって言われてますけど、僕はそんなに回ってないですよね。一番遠いのは埼玉の奥のほうに行って、遺跡探検。後は千葉のほうのヘリポート、ゴウラムのシーンは全部あっちのほうだったし。あとは東京駅…。やっぱりそんなにないですね」
それでもたまにあるロケでの撮影はどんな感じなんだろう? 結構人目を引くと思うのだが…。
「ロケ撮影は多くのギャラリーに囲まれての芝居になると思うのですが、ギャラリーの視線は気になりませんか?」
「全然、見る暇ない。もう、監督もいるし、いのくま(カメラマン)さんもいるし。ギャラリーのほうが気になってどころじゃないですよ。たまに目尻から(ギャラリーが)入っちゃうことはありますけど。
 現場はかなり和やかですよね。カメラマンのいのくまさん、あんなにいい人がいると頼もしいですよ。スタッフが多少入れ変わったりするんですけど、いのくまさんだけはいつ行っても朝から晩まで変わらなくて、夏の暑い日に「暑くないですか?」って声をかけたら、「いや〜、暑いのがいい」とか「暑いのが気持ちいい。体動いている」って。全然全く文句も言わないのは流石ですね」

ところで、特に気になる科警研の榎田ひかりとの関係はどうなるのだろう? 
「役どころとしても結構親密になってきたじゃないですか? 前回の放映(45話)ではいいところで終わっちゃたし…」と切り出すと
「だから来週(46話)はもう!」
満面の笑顔だ。
「僕、初めてのこういう仕事だったし、当然そんなに自分の芝居に自信はないんですけど、46話を見た高寺さんが喜んでくれて。「いいとこもってってたんじゃない? ジャンの人気出ると思うよ」って(笑)。プロデューサーに言われるとうれしい」
本当に嬉しそうだ。声が弾んでる。そろそろ撮影も終盤のはず。最終回に向けて榎田さんとジャンの関係は、セルジュさんの希望通りなんだろうか?
「そうですね。49話(最終話)はひかりさんとは会わないことは会わないんですけど、ひかりさんのシーンで、”明日、子供とディズニーランドに行くよ”っていうセリフがあるんですよ、そしてジャンのシーンがある。この2つのシーンが最後のヒントなんです」
どうやら最後のシーンにセルジュさんは満足しているようだ。しかもかなり興味深いシーンのようだ。
では、ひかり役の水島かおりさんの印象はどうなんだろう? 
「いや、もう! すっごい演りやすくしてもらってますよ。水島さんじゃなければ結構コワイです」
おお! さすが水島さん。セルジュさんはすっかり頼り切っているようだ。じゃあ、撮影の前に打ち合わせとかしているのかな? 
「あ〜、こないだ言われたんですよ、考えすぎないようにって。はっきりやりましょう!って。「申し訳ないけどこれだけは言わせてもらいます」って気持ちの”申し訳ない”っていう気持ちを捨てろって。演りやすいですよね、そういうところが。当たり前にやれ!って」
やっぱり水島さんってさっぱりした人のようだ。う〜ん、それってカッコイイ。水島さんと榎田ひかりはかなり被っているのかな? それじゃぁ、セルジュさんがジャンと被るところはあるのかな?
「照れているところですね。テレビ朝日の清水(祐美)プロデューサーと話しているときに思ったんですが、僕は全ての飾っている所を外したら、ジャンみたいに気の弱い人間じゃないかと。オンエアでたまにすごい情けない顔しているじゃないですか、ジャンって。なにこの表情! っていうような、寂しそうに見えるっていうか、なんとも言えない表情。でも、寂しいだけだったらもう少しなんか…。自分で見ていても何だろうこの顔って。本当に勉強になりましたよ、今年は」

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 話をしながら歩いていたら、いつしか仲店通りに戻ってきていた。先程よりも人が増えたようだ。ちょっと歩きづらくなった。
 セルジュさんが出演している『クウガ』をセルジュさんのご両親は見たことがあるのだろうか? 遠い異国の地で自分の息子が役者としてTVで活躍している姿は、ルーマニアで待つ両親の目にはどう映るのだろう? 
「ルーマニアには、大体2年ごとに帰ろうとはしてたんですけど、最近は夏休みはもったいないっていうのもあって、それに冬休みはヨーロッパへの飛行機代一番高いですし、春になっちゃえば半額になりますからもう少し時期を考えて行こうと思いつつ、4年くらい帰ってない」
「でも、『クウガ』に出演することは知らせてありますよね?」ちょっと心配になって聞いた。
「一応ね、やってるよって」
うわ! なんてライト! 
「今年は何もしなかったから写真とか撮らなかったし、だから何も親へ送るものないから、『クウガ』のビデオも送ってなくて。今度帰るときに持っていこうかなと」
ルーマニアではヒーロー番組って理解してもらえるかな? 
「あ〜、でも『クウガ』は見た目は普通のドラマじゃないですか、特に僕が出ているシーンは」
と言うことは、やっぱりヒーロー番組は馴染みが無いのかな? ルーマニアの子供たちはどんな遊びをしているのだろうか? 
「外ですね、基本的に。家の中では遊ばないです。少なくとも僕の家ではそうでしたね。家の中では遊べないから。僕の住んでいた町は、北のほうの町なんですけど、ルーマニアでは古い町で、IASI(ヤシ)という町です。モルダビア地方の港町としては有名なんですけど。ボール蹴ったり、人の上に乗ったり、喧嘩したり(笑)そういう。ボールでするゲームが多かったですね。サッカーの違う形とか。ボールを蹴るんだったらなんでも。でもあんまり足はホソイ、じゃなく遅い(笑)から。でも好きですよ、かなり」
ふーん、自然児って感じ? 『仮面ライダー』は知ってたのかな? 
「知らなかった。ルーマニアでは日本のアニメとか結構見てたんですけど『ハイジ』とか。僕の子供の頃のヒーロー番組って言ったら、アメリカ映画の『スーパーマン』が代表。中学校くらいに流行ってた。あとは『スターウォーズ』とか、地味なのは『スパイダーマン』とかシリーズで。ルーマニアは'89年まで共産圏の国だったから、そんなにTV番組はなかったんですよ。1チャンネルだけで1日2〜3時間くらい。日曜日の朝に少し子供番組があったくらいで、そういう意味でもあまり見てないんです。映画も映画館に行かないと基本的に観れないし」
TV番組がそんなに少ないなんて、生粋の日本人の私には耐え難い事実。でも、そんなたくさんあるTV番組にかじりついていた子供の頃の私は「勉強しなさい!」って母によく怒られました…ルーマニアのお母さんも怒る? 
「あ〜、よく言われてましたね(笑)。うちは特に言われたんですよ。母はかなり勤勉だったみたいで。親父はそんなでもないんですが。二人のバックグラウンドが全然違うんですよ。親父は田舎から出てきて少し働いた後、25歳位で大学に入った人。母は医者にならなきゃならないっていう人だったから。医者というか、研究っていうか、環境汚染の調査かな? 基本的には勉強好きで、今でも! 60歳近くになっても勉強してるから。でも僕はそんなに勉強好きじゃなかったから、すごい言われてた。確かに当時、ルーマニアでは大学に入らないと、高校終わったら徴兵に2年行かなくちゃいけないんですよ。なんかまだ待っててくれてるみたいですよ、僕が帰国するのを(笑)」
徴兵制度? カルチャーショック! っていうよりは、平和ボケしている自分がとたんに恥ずかしく感じた言葉でした。
「ご兄弟はいるんですか?」
「妹がいます、2歳下の。高校終わって彼女も日本に来た、同じようなプログラムで。同じ日本語学校に行ったけど、大学は違うところへ行って。今は卒業して務めてますよ。僕と違ってもう社会人、僕は未だ学生(大学院生)だけど」
兄妹一緒に日本にいたら、どっちが母国かわからなくなるんじゃないかな? 将来的にはルーマニアには帰るのかな? 
「あ〜、どうなるんでしょうねぇ。とりあえず、来年は居ます。僕、東京に引っ越したのは1年半前だから、その前はずーっと浦和のほうに住んでいたんで、東京はそんなに長くないんですよ。東京に来てから確かにいろいろ騒がしくなったというか、面白くなったから。それに大学終わったら、ギリギリ生活できればそれでOK、まだ27歳だし」
セルジュさんのほうが、ある意味雄介よりも冒険者みたい。
「どうなんですかね。冒険は今の社会だと出来ないんじゃないですか? 具体的に考えると雄介はどこに冒険しに行くんだろう?」
セルジュさんこそ、これからはどんな事をするつもりなのだろう? 役者業には興味は持てたのかな? 
「これからも役者は続けますか?」
「でも、役ってそんなに無いんじゃないんですか? 僕みたいな人間、どういうところで…、具体的に考えているとホントにもう。まあ、この『クウガ』が映画化されるんだったら当然出たい! みんな言ってますから、来年もう一回スタッフのみんなと会えるだけでも嬉しいから、出たい!って」
それって作品冥利に尽きるってこと。役者にそこまで言ってもらえる『クウガ』って本当にすごい作品なんだ!




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「あの、シャッター押してもらえますか?」
もう雷門前まで戻って来ていた。幼稚園生くらいの二人の子供を連れたお母さんが、セルジュさんに声を掛けた。その人は、あなたのお子さんもきっと毎週楽しみに見ている『仮面ライダークウガ』の”ジャン”なんですよ、気づいてますか? と言いたくなるくらい普通に声を掛けたお母さん。ジャンだと知ったとたん、握手ですか? 得しちゃいましたね。セルジュさんもサービス精神旺盛ですね、お子さんを抱っこして記念撮影のサービス。なんか、微笑ましくなりました。
「それでもやっぱり、役はなんでも面白いと思う。前に時代劇で、江戸時代のロシアから来た船に乗っていたロシア人役の役者を探してた、って聞いたことあって。そういうのだったら、大いによろしい(笑)。江戸時代大好きだから」
 日本大好きのセルジュさん、雷門が似合ってますよ。やっぱり浅草、雷門前を待ち合わせ場所に選んだのは、失敗じゃなかった!




 Present
who セルジュ・ヴァシロフ(SERGIU VASILOV)1973年10月1日生まれ。A型。ルーマニア出身。
1993年4月、19歳の時に文部省国費留学生として来日。東京外語大学留学生日本語教育センターで1年間日本語を勉強した後、1994年、埼玉大学経済学部に入学。現在は埼玉大学大学院の3年生。趣味はバイクと旅行。役者活動の前は愛車で日本各地をツーリングして回っている。大学のホームページにもその模様はUPされているので、興味のある人は是非アクセスしてみてください。(http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/~sergiu/)特技:お酒(日本酒)。もちろん梅干しも大好き。納豆もね。
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