さて、ここまででも てるやさんが楽しい人であることは十分わかる。が、さらにご自身として、てるやさんはどういう人だと思っているのか伺った。
 ちょっと口を尖らせて、困った表情をした てるやさんは、またもやクルっと後ろを振り返り、
「僕ってどういう人?」
と、マネージャーさんに質問する。
「見たまんまじゃないですかね?」
というマネージャーさんの答えに、さらに考え込んで思い出した。
「よく言われるのは、遠くで見てると若いのかな?って思うけど、近づいてみるとオヤジだ!って(笑)」
なるほど、小柄なせいか、手足とのバランスのせいか遠目では子供に見えなくはない。顔も丸顔だし。まさに“年齢不詳”。


「良く言われます。だから、自分の勝手なキャッチフレーズですけど「子役から老人まで」って。あと、おばさん役もやるし(笑)。例えば再現ドラマがあるじゃないですか、それに行くと「じゃあ、てるやさん女の人の役で」って女の人の役が多いんですよ。馴染んじゃうみたいなんです。もち肌だからかなぁ?」
「はははは(笑)」
思わず笑っちゃいました。確かにもち肌っぽい。おばちゃん役が似合いそうなのだ。さらに最近の舞台では“こっち系”の役も多いと、手をそらして顔の向こう側に添えた。もしや てるやさんご自身が“こっち系”なのでは?
「いや! 違いますよ」
と強く否定する影から、マネージャーさんのささやき声が
「そうです」
釣られて てるやさんが
「そうです。はっ! 今カミングアウトさせられそうになった。違いますよ、本当に違いますよ。でも、なぜが多いんですよ。分からないんですけど。でも“そっち系”の人に好かれる雰囲気はある、ってよく言われます」
 さすがWAHAHAのマネージャーさん、役者のいじり方をよくご存じでいらっしゃる。非常にテンポのいいやり取りに感心させられてしまった。

 さて、35歳だけど子役もできそうな てるやさんだが、いつ頃からお笑いアクターを目指していたのだろうか? 実はそこには意外な事実が……。
「僕、高校を卒業したころは美容師になろうと…」
と告白してくれた。
 あまりに違いすぎるので、笑ってしまった。失礼致しました。
「真剣に目指してて美容学校も出たんですけど。だけど、お店に入ってお客さんにシャンプーしている時とかに「どこから来たんですか?」みたいな話をしている自分がすごくイヤになって。これって本当にやりたい仕事なのかな?、これを一生続けるとしたらとてもじゃないけどできないなと思って。それからこういうお笑いや芝居をやってみたいって。でも、どこまでできるか分からないじゃないですか。ちょっと悩んでいたんですけど。でも、どうせだったらやりたいな、っていうことで、たまたま見たぴあにWAHAHA本舗の中の“オホホ商会の若手芸人募集”っていうのを見て。それからなんですよ。'90年にWAHAHAに入ったんでかれこれ、もう12年ですね。今までで一番長い勤めですね。バイトとかも結構すぐにやめちゃうタイプだったんで」
 WAHAHA本舗は1984年にできたそうなので、てるやさんが入ったのは6年目のころ。てるやさんの最初の公演は浅草・花やしきでの全体公演だったという。
 訳も分からずに飛び込んだお笑いの世界だったが、WAHAHAやオホホではすんなり溶け込めることができたのだろうか?
「いや、全然ダメでしたね。最初は何もわからないから、芝居のイロハも分からないので。それこそ上手、下手も分からない、ルールみたいなことも分からないから怒られましたね。芝居が終わって「ダメ出し」ってあるじゃないですか。僕はそれがあること自体知らなかったですからね。初日が終わって、打ち上げに行ってお酒飲んでいたら「ちょっと」って呼ばれて、「何かな?」って思っていたらいきなり「ここがダメで、これがこう。なんであれになったの?」って言われて。もう全然何言っているのか分からなかったですね。なんでこんなに怒られちゃうんだろうって。今考えたら当たり前のことなんですけど、そんなことも全然知らなかった。最初の3、4年はそんな感じでしたね」


 手に職持つ美容師とは一転して、収入も不安定な芸人生活にご家族の反応はどうだったのだろうか?
「うちの親父が、全然売れていない芸人だったんで、父ちゃんだけは応援してくれたんですよ」
 またもや、驚いた! それではお父さんは大手を振って応援してくれたのでは?
「僕には直接「がんばれよ」とは言わないんですけど、兄弟たちに「ひろしがお金に困っていたら、お金をあげなさい」とか(笑)。影で言っていたみたいなんです。まあ、最初はそんな感じでしたけど、その親父が病気で入院したときに病院の書類の職業欄に“芸人”って書いていて…お見舞いに「久本さんや柴田さんを呼んでくれ」って。それで来てもらって…その後亡くなったんですけど。そういうことがあってから「どうせやるなら、続けてやりなさい」みたいになってますね」
亡くなる直前まで“芸人”であり続けたお父さん、てるやさんがお笑いアクターになったのはやはり、お父さんの血を継いでいるからではないだろうか?
 すると、ほんの少し照れた感じでこう言った。


「どうなんでしょう? 顔は母ちゃん似だって言われるんですけどね。いや〜、父ちゃんに才能があったかどうか分からないんですけど(笑)」
と、また笑いへ持っていく。


 これだけお笑いに持っていく てるやさんだが、ご自分のお笑いアクターとしてのポジションに対して微妙な感覚を感じている。
「僕も微妙なところで…お笑いはお笑いですけど「お笑い芸人」というものでもないですし、すごい新劇か?っていうとそうじゃないし、ある種面白いところを総取りっていう感じなんで。コントライブで芸人さんのところに行くと「なんか居場所ないな〜」って感じで、ドラマとかに行って芝居の人たちのところで話すとそれも「何かちょっと空気違うな」ってそう思いますよね。微妙なところでf(^_^;」
と、お笑いと俳優の狭間で揺れ動いているように見えるが、本人の希望は意外としっかりしている。
「もっともっとドタバタな感じがあったらそっちもやりたいなと思いますね。昔のドラマで言ったら『ムー一族』とか『寺内貫太郎一家』とか、ああいう系の。まあ『時間ですよ』もあっち系だと思うんですけど」
かなりはじける芝居が希望とするところのようだ。
「ジッとしていられないタイプなんでね。我慢してると変な風になっちゃう」


前へ 次へ
line
構成/すねやみえこ
(c)2002 TV ASAHI・TOEI AG・TOEI