「小学校2年生から岡山で、その後中学生になったら転校しちゃったんですよ。中学校ではあまり出しゃばってなかったと思うんだけど、「出しゃばっていた」ってよく言われるんです。「お前は転校生のくせにでしゃばったてた」とか(笑)。目立ちたがり屋だったんです。目立つのは恥ずかしい、恥ずかしいって言いながら、まあいいか、みたいな。あるじゃないですか、引いて引いて、出る、みたいな。そんな感じだったみたいです。それと、声がうるさいから目立っちゃうんですよね。キンキンしてうるさいらしいです(笑)。声が高いって言うか「うるさい」って言われます(笑)。うるさいです。だから先生も憶えていてくれますね」
かなりみんなの印象に残る、しかも自分でも認めてしまうほど“うるさい子”だったようだ。元気がいいと言うことだろう。
「先生と仲良くなるのが早いですね。俺、先生、好きですからね。嫌いだった先生はいないですからね。まあ、苦手な先生はいましたけど」
と、先生にも良い印象を持っている。しかし、先生はとかくうるさいことを言う存在だと思うのだが…
「うるさいことを言ったらいじればいいんですよ」
“いじる”? いわゆる話題の中心にして笑いを取る、あのお笑い用語のことだな。高校生の頃はそうとう先生をいじっていたらしい。
「先生をいじることによって、教室に爆笑が生まれるんです(^_^)。いや〜な生徒でしょ? 先生って嫌われる人種だから、そうやっていじることで喜んでくれてましたよ。この前、急にその先生から電話がかかってきて。俺のいとこが同じ高校に通ってて、そのいとこから俺の事聞いたらしくて、電話がかかってきたんですよ。その先生はお子さんがちょうど幼稚園生くらいで『ハリケン』観てるらしくて。「観たよ、イエローくん、イエローくん」って(笑)」
お互いに変な感じがするだろうな。でも、先生のほうはきっと子供に自慢していることだろう。
ここでオーダーのスパゲッティグラタンが届いた。山本さんは、初めて聞くそのメニューに興味をそそられ注文したのだ。不思議そうにグラタン皿の中を覗き、
「グラタン焦げてるな、この辺」
と、細かいチェックを入れた。そしてとろけたチーズとホワイトソースで隠れているスパゲッティを探るように、フォークを刺した。
もう少し、先生の反応を聞きたいのだが…食べるのに夢中かな?
「あの〜、先生はなんて言ってました?」
と私が聞くと、スパゲッティをほおばりながら、
「え〜と「頑張れ、頑張れ」って言ってましたね。とりあえずまあ、「サインくれ」とも言ってました(笑)」
やはり、役者になったからにはサイン色紙の洗礼は避けては通れぬ茨の道? これも先生孝行と思ってしっかりサインをしてあげてください。
さて、話をもっと小さい頃にさかのぼってもらおう。
「俺の家は厳しくて、観たいテレビを観た記憶があまりないんですよ。マンガとかは良く見てましたけど。マンガ本はめちゃくちゃ持ってますし、良く読んでたんですよ。アニメも良く観てたんですけど。俺、基本的にお笑いが好きなんですけど、そう言う系統とかあまり観せてもらえなかったですね。「バカになる」って(笑)。それがすごい嫌だったんですけど、まあ、今になれば観れますからね」
バラエティ番組が好きというのは関西方面ならば当たり前のこと? 具体的にはどんな番組が観たかったのだろうか?
「『志村けんのバカ殿』も観たかったし…クイズ番組を観てましたね『マジカル頭脳パワー』とか『平成教育委員会』とか。勉強になる系が多かったです。でも『ダウンタウンのごっつええ感じ』は観てました。その前は『たけしの元気がでるテレビ』を。『風雲たけし城』とかもあったじゃないですか、ああ言うのを観てたら怒られました。「そんなの観る暇があったら寝なさい」って言われて寝てました。ドラマとかもあんまり観てなかったですね」
奈央ちゃんに引き続き、早寝教育か? そのお陰で山本さんも背が高くなったとか? それにしても『戦隊シリーズ』も観ていなかったのだろうか?
「観てたんですけど、憶えてないです。宇宙刑事ものを…あっちは観ていたのをすごく覚えているんですけど」
なんとも残念。どんな戦隊を観ていたのか知りたかったのに。相当幼い頃に観ていたのだろうか? 忘れてしまうなんて。
そして山本さんが、
「俺、『ウルトラセブン』がすごい好きでした」
と言うと、すかさず
「再放送ですね。本放送は昭和42〜43年なんです」
と、同行したスタッフが発言した。これには山本さんは意外だったらしくかなり驚いた。
「え! そうなんですか! 生まれてないですね。セブン大好きでしたよ。主題歌、テレビの前で歌ってました。自分ちで観れないときは、友達んちで観てましたね。7時くらいからやってて、親に怒られました「なんで勝手に行くの! こんな時間に」って」
そこまでしても、観たかったとは。皆さんにはそんな番組がありましたか? さて、今度は子供の頃の遊びについて聞いた。
「兄貴には仲間に入れてもらえないんですよね。6つ上の兄貴が遊んでいるところで俺がやると、邪魔なわけじゃないですか。むしろ友達と遊んでましたよ。運動場で走ってたって感じですね。小学生の頃は岡山市内に済んでて、ドーナツ化現象で小学校は20人ずつの2クラスしかなくて、みんな友達でした。先生とかも見やすいんですよね。教育には良かったと思います。目が届くし、仲良くしないと面白くないし、って言うのがあって。良い学校に行けたなって思いますね。先生も良かったし…先生が良かったのか、俺が嫌いにならなかったのか(笑)。微妙なんですけど」
理想的な小学校生活を送ったようだ。遊びについては
「Sケンとか知ってますか? 陣取りとか、警泥とか毒虫とか」
う〜む。それはもっと古い人が遊んだ遊びのような気がするが…。
「おかしいでしょ? 昔の遊びをしてたんですよ。Sケンとかは兄貴と一緒にやってましたよ。古いんですよ、遊びが昭和なんです。先生に教えてもらったりとか。人数少なかったから、だから余計に良かったんだと思いますね。やっぱりサッカーとかバスケは大好きだったし。でも、お楽しみ会とかになると、Sケンがいいとか、警泥がいいとか。警泥なんて中学校の1年までやってましたよ。昼休みに俺たちのクラスだけですけど、ほとんどの生徒が外に出て警泥やってました」
古いと言うこともそうだが、中学生で警泥とはちょっと幼い感じがした。そして、スポーツは得意のバスケットを中学・高校としていたそうだ。しかも中学生のときはキャプテンも務めたと言うが、どうやらその頃はまだ背が低かったらしい。
「高校になったら急に背が伸びてポジション変わったら、俺の体格だと太刀打ち出来ないんですよね、パワーが足りなくて。だから上手いこといかなくて。でも、楽しく。相変わらず楽しく。何処に行っても「楽しくするね」って言われてて。楽しいのが一番なんです」
と、スポーツに付き物の、根性っぽい雰囲気は微塵もなく、楽し〜くバスケットをプレイしたようだ。しかし物事を楽しく考えるのは意外に難しいのでは?
「嫌なときは嫌なんです。でも、それはおいておいて。楽しいときは楽しく、って言うことです。せっかくなんで。なんか「せっかくなんで」が多いですね。その時その時が、大事です」
と、今を大事にしていると言った感じだ。若いのに、何故そんな悟った様なことが言えるのか? 不思議な感じがした。
|