他の映像作品がそうであるように、東映作品もまた驚くほどたくさんの人達の手によって作り上げられています。その作り手達を知れば、自ずとその作品も見えてくるのではないでしょうか? そう考えると話を聞いてみたい人はたくさんいると思います。そこで、不肖未熟の身ではありますが、私が会員のみなさんに成り代わり、いろいろな方にお話を伺っていきます。今回はこの方にターゲットを合わせました。みなさんの聞きたいことが、少しでも聞き出せていると良いのですが・・・・。

第2回 高寺成紀
(仮面ライダークウガプロデューサー)

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 古めかしい薄暗い階段を静かに登っていく。ギシギシと音を立てるその階段の先には、明かりのついたサッシのドア。小さくノックして開けてみると、ワープロに向かい熱心に何かを打ち込んでいる男の人がこちらを向き、挨拶をしてくれた(後でわかったのだがこの人こそ、知る人ぞ知るグロンギ博士だった)。しかし、お目当ての人物は見当たらない。「どうしよう……」不安がよぎる。とても忙しい人だから、ここにもいないのか? しかし、先ほどの男性が向けたその視線の先に、……いた! 小さなソファに身を小さく埋め、眠っているその人こそ、今回の"あの人"、高寺成紀プロデューサーだ。スーパー戦隊シリーズを始めとする数々の東映の子供番組を手がけ、今や人気絶頂の『仮面ライダークウガ』を担当する、名物プロデューサーだ。
 こちらに気づき、まぶしそうに目を開け「あ、こんな格好で申し訳ない」と、小さな声で話しかけてくれた。連日の脚本作成作業など多忙な日々が続いていると聞いていたが、やはり寝る時間さえもまともに取れていないのは本当だったのだ。体を起こしながら彼が言う。
「すねや、悪いんだけど食事するお店まで行く時間がなさそうなんで…、会議室にしてもらって出前でもいいかな?」
 前回の日笠プロデューサーのように、食事をしながらフランクに話をしてもらえたらと思い、店を提案してあったのだ。
「もちろんです。高寺さんの都合のいいほうで」
「悪いね」
 そういいながら、愛用のレンズが大きめの眼鏡をかけた彼は、「ちょっと、顔洗ってくるから向こうの会議室で待っててくれる?」と、私に番号札の付いた部屋の鍵を渡した。




 東映東京撮影所、そこは「歴史が詰まっています! 」と主張するかのように、どこもかしこも時代を感じさせる建物ばかりだ。その一角の会議室、先程訪ねた"クウガ文芸室"の向かいの棟にあるこの部屋もまた、例に漏れることなく歴史が詰まっていそうだ。夜になってもまだ暑い夏の日、締め切っていた部屋はさらに暑く、鍵を開け中に入った私はすぐさま窓を開け、エアコンをつけた。程良く部屋が冷え始めた頃、身支度を整えた高寺プロデューサーが入ってきた。小柄な人だ。実年齢よりも若く見られるだろう目のぐりぐりっとしたその風貌には、どこかマイケル・ビーンを思わせる感がある。
「支離滅裂なことを言ったらごめんね。何分、ここのところちゃんと寝てないんで(笑)」

 そんなことをのっけから言われたら困ってしまう。きっと山あり谷ありの話だろうに、それがさらに支離滅裂ってことは一体……? 一瞬の不安がよぎった。
「で、今日はどんなことを話せばいいの?」
おや? サービス精神旺盛? これはありがたい。
「はい。今日は是非、高寺さんご自身の事が知りたいんです! 」
単刀直入にお願いする私に、高寺さんはかなり驚いた様子で
「え? そうなの? 『クウガ』の話じゃないの?」
と、大きな目をさらに大きくした。どんな人が『クウガ』を作っているのかをヒーローネットの会員の方に伝えたい、と説明すると早速ご自分の生まれた家の説明から始めてくれた。
「生まれたところは東京の下町、台東区蔵前に近い鳥越あたり。高寺龍太郎商店っていう、おじいちゃんがやってたおもちゃ問屋ね。ただ、おもちゃと言っても問屋なので倉庫と一緒で、おもちゃの段ボールが山積みになってるだけで、僕としてはストレスがね」
そう、高寺氏といえば知る人ぞ知る、おもちゃコレクターなのだ。
「やっぱり開けて中を見たいと思いました?」
と聞く私に
「そう、こっそり開けましたけどね。ソフビの怪獣がとにかく欲しかったんですけど、親父はね自分の小遣いで買え、と。「これをお前にただでやる訳にはいかない。これでお父さんの会社の人達は生活しているんだから」。だから好きだったものだけ買ってあったかな。テレスドンとアントラーと、バルゴンとガルバンあたりを」
厳格な父親像が浮かんできた。子供の頃の彼はきっと、ほかの子供がそうであるように父親に怒られることも多かったのだろう。
「おもちゃに囲まれていたにも関わらず、お預けされていたわけですね。でも、高寺さんのおもちゃ好きは筋金入りなんだと分かりました」
すると弁解するかのように
「でもね、おもちゃコレクターになったのは、新婚旅行でアメリカから帰ってきてからですね。学生時代はほとんどおもちゃはなかった。『仮面ライダーBLACK』のアシスタントプロデューサーだった頃、『宇宙船』の編集者だった間宮さん(現在は小学館の超全集等を手がけている)と、マニアとして響き合うモノがあって(笑)。当時、間宮さんが借りてたアメリカのアパートを、自分が行かない間なら使っていいよと言ってくれて。おまけに間宮さんの現地の知り合いの方を紹介してくれて、今は有名なトイザらスを梯子したり、メルローズ通りのおもちゃ屋さんや雑貨屋さんを1軒1軒回ったりして。それで大量のおもちゃを持って帰ってきましたね、カラーテレビの箱ひとつとりんご箱二つ。アメリカントイってみんな大きいじゃないですか」
「何をそんなに買ったんですか?」
驚く私に彼は平然と
「ダースベーダーとか、ファルコンとか、AT-ATとか。当時日本では買えなかったモノがあるわけですよ」
確かに『スターウォーズ』が公開されたころは、アメリカントイは今のように簡単に、しかも安く手に入れることは出来なかった。入手が困難だったアイテムほど、未練が残っているのがマニアの心情?
「今思えば、結構、通な旅をしたんですよ。現地の間宮さんの知り合いの方に案内してもらったから。「誰に会いたい?」って聞かれて、特殊メイクのリック・ベイカーとかスタン・ウインストンとか、スティーブ・ワンとか、モデルメイカーのグレッグ・ジーンにも会わせてもらって。すごい楽しいマニアックな旅行でしたね」
う〜ん、確かにとってもマニアック。こんな旅、したいと思ってもなかなか実現出来るモノではない。やるときは徹底してやるのが高寺流なのかな?



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 程なくして、注文しておいた寿司が届いた。すると高寺氏自ら箸を配り、取り皿がないので
「直にかけちゃっていいよね?」
と付属の醤油をかけ始めた。もしかして鍋奉行?(鍋じゃないけど)
「このへんは僕、食べないからどんどん食べちゃってね」
と数の子とウニを指した。う〜〜〜ん? ちなみに好きなネタは穴子、いくら、トロ、ネギトロ、ヒカリモノだそうだ。箸袋を開けようとした私の手元に気づきすかさず、
「あ、楊枝が入ってますから、開けるときご注意ください」
完全に彼のペースにハマってしまった。
 え〜となんの話だったかな? そうそう、おもちゃの事を聞いていたんだ。最近でもアメリカントイネタはあるらしい。
「去年ハリウッドに行ったときね、"柱"みたいなデカさのプラレールを買いました」
そうそう、プラレールを忘れてはいけない。プラレールのコレクターとしても雑誌の取材を受けるくらいプラレール好きなのだ。でもその辺のお話は今回はちょっと飛ばします。それだけで終わってしまうから。そのかわりと言ってはなんだが『スターウォーズ』ネタをもう少々。
「ケンタッキーとタコベルとピザハットで売ってた、ペプシコーラのスーベニアカップとおもちゃ(『EPISODE 1』ですね)が欲しくて、いろいろ回ったんですけど結局はコンプリート出来なかったんです。それとピザハットのデリバリー用の箱が欲しくって。『EPISODE 1』のキャラクターの絵柄が入っているんですけど、ピザのサイズごとに違うんですよ。で、箱だけゲットしようと思って、どんな絵柄があるのか聞きたかったんですけど、日本でだってそんなこと聞くのは度胸いるでしょ? 「何のつもりだ?」って言う刺すような視線に根気負けしまして……。とりあえず大小1個づつにとどまりました」
ピザの箱だけ買うなんて、信じられない! おっと、子供の頃の話がまだ聞き足りないんだった。
「ちょっと子供の頃のお話に戻ってもいいですか? どんなテレビ番組をご覧になっていました?」
「そうそう、3歳くらいの時になにが入るかが大きいんですよね。僕の場合はラゴンね。『ウルトラQ-海底原人現る-』のラゴン、これが怖いんだ。それがモノクロで夜、漁村を襲うんですよ。目が光って怖くて机の下に入って見てたね。不思議なモノで怖くて『ウルトラQ』を見なくなったのか、ラゴンの印象しかないんですよね。いや、そんなことないか、ボスタングも見た記憶あるもんなぁ…。『ウルトラQ』って特に音楽が怖いんですよ、お化け屋敷音楽っていうのかな? 『ウルトラQ』はジャンルとして、大人も楽しめる娯楽映像ジャンルだったと思うんです。怪獣ブームになったのは、当時、大人も見ていたからなんじゃないんですかねぇ? 30分のオムニバスで、ちょっとSFだったりファンタジーだったりするわけですよ。形を変えた『ヒッチコック劇場』というか、『アウターリミッツ』というか『トワイライトゾーン』の日本版でしょうかね。それで怪獣も出る。もちろん『ウルトラマン』も見てましたね。で、怪獣に超惹かれていくんですね」
大抵の少年達は、やはり強い正義の味方に憧れるのではないのだろうか?
「ヒーローではなく、怪獣なんですか?」
「なんでかね? ヒーローは嫌いではなかったけど、絵も描いてたし、でもそんなに魅力は感じなかったね。遙かに怪獣でしたね、怪獣のイマジネーション、いないのにいそうな、生き物に見えるデザイン化された恐竜。怪獣って日本が持ち得た美術的な遺産だと思うんですよ」
穴子が熱く語る彼の口へ消えていった。


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 絵を描くと言えば、彼は「ウルトラの母の父」だそうだ。勉強不足の私は全然知らなくて……。
「あ、知らなかった? 小学5年の時でしたけどウルトラの母の似顔絵コンテストがあって、……けど5年の時まで見てなさんなよ」 わお! ひとりつっこみだ。かなりハイなのか、いつもの事なのか理解に苦しむ。 「これに当選して、『奥様8時半です』ってワイドショーに生出演して、その中でウルトラの母自身からカラーテレビをもらったのを覚えてますね。目録でしたけど。僕の絵はマニアックにいっぱい引っ張り出しが描いてあるわけですよ。これはマザーブレスレット、これはマザーイヤリング、これはマザーネックレスとかね。三等身くらいの今見るとツライ絵を描いてましたね。でも、とにかく怪獣の絵はバリバリ描いてました。怪獣の絵を描くの、大好きですね。今でもゴジラの絵とかたまに描いてますね。今日のゴジラは上手くかけたなと思うことありますね」 メモを取りながら聞き入る私に彼は 「すねや、食べてる? どんどん食べて。これ、食べないからとにかく早く食べて」 とウニを指す。見るとトロは着実に減っていた(笑)。




「え〜っと、そんなにお好きな怪獣ですが、離れていた時期はあるんですか?」
「ありますよ、中学生のころ。小学6年には一度怪獣を卒業するんですよ。一部ブロマイドとか『テレビランド』とかも処分してしまった悲しい時期がそこにあるんです」
大人へのステップアップといったところだろうか。
「ご自分の意志でですか?」
「まあ、周りからの追い込みもあったでしょうけど。友達も次第にそういった方面に関心を持たなくなるじゃないですか。でも、中3の時に見た『スターウォーズ』で一度ちゃんと引き戻されるんですよ。そして高校生のころよく遊んでいた、中野駅前のブロードウエイの3階、今はマニアの拠点になってますけど、そこに大きなおもちゃ屋、ポニーっていうのとやっぱり大きな本屋、明屋っていうのがあってね。その明屋で買ったんですよ『ファンタスティックコレクション-素晴らしき特撮映像の世界-』を。『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』が載っていたメイキング本なんですけど、これを店頭で見た時は衝撃というか、これは他の誰の手にも渡してはいけないと思いました。自分が買わなければと。現に1冊しか残ってなかったんです。これで一気に引き戻されるんですね」
「運命的な出会いだったんですね」
巡り合わせと言うものがあるのだろうか?
「今思うと『宇宙船』の準備号みたいなもんですかね。要するに作品にバックボーンがあることを、あの本で知るんですよね。作品を作るのに、名だたる大人達が夢を求めていろいろやってた、というのがそこに書かれてた。それでまた怪獣博士が理論武装しちゃったんです。今思うと頭でっかちになりましたね、あの頃は」
「ということは、高校時代はかなり怪獣にハマっていたんですか?」
という問いかけに彼は当然の様に答えた。
「生徒会の立候補のポスターには全部怪獣の絵を描きました。意味なく「生徒会長は高寺成紀、でレッドキングの絵。副会長は荒木聡、ゼットンの絵」とか。クラスで立候補した仲間全部、余計なお世話で怪獣のポスターにしました。ずいぶん描きましたよ。高校の文化祭のパンフレットもほとんど自分でイラスト描いてる年があって、もう全部怪獣。どのページが何だろうと関係なく(笑)。生徒会長の挨拶文のすぐ下を分身したバルタン星人が歩いている。エライ迷惑だったろうね、怪獣に興味のない人達はね。男子校だったから、まだ許されたのかも知れないけど。「みんなちびっ子の頃はウルトラマン見たから、理解してくれるよね。懐かしいでしょ? 愛せるよね」って。怪獣を普及させる、自分はそういう役目をしょっていると勝手に思ってましたからね(笑)。
一応ね、一般的には怪獣は卒業していくモノという認識はあるんです。自分は特殊だっていう認識も。この時点でみんなにとっては"懐かしい"ものにしか過ぎないんだって、僕にとってはリアルタイムで続いているけど。で、せめて怪獣に対して好印象を持ってて欲しいというのがあったんです。そこからリフレインしたりさらに膨らませようというのは、僕自身のこだわりと言うか在り方なんだなと思ってました」
「人に押しつける気持ちは・・・」
と聞くと間髪入れずに
「ないですね。みんなには懐かしいからかわいいでしょ、くらいで。大学時代に作ったサークル・怪獣同盟も似たようなスタンスなんですよ。一番初めに作った立て看板にある「よう、しばらく!! 」というコピーからしてね。ウルトラマンが挨拶してるって感じの雰囲気で。みんなにとっては深くディープに関わるのは大変だろうし、その必要もないだろうなと。僕らはDNAに怪獣が入っちゃたから。その濃さに同調する必要はないですから。DNAにはSFとか怪人も入ってますけどね」
遺伝子にまで怪獣が入っていると言い切ってしまうなんて、本当に怪獣が好きなことが改めてわかった。機会があったら彼の遺伝子を検査してもらいたいものだ、本当に何かほかの人とは違った遺伝子が見つかるかも知れない。


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「学業のほうはいかがだったんですか?」
やっぱり成績もよかったのだろう。
「高校の時は生徒会長もやりましたけど、勉強はあまりできなかったですね」
意外な答えに私は驚いた。
「え? 生徒会長のイメージとしては学力優秀ですが・・・・」
「僕の前までは生徒会長はすごいエリートが歴代やってたんです。学年で一番できる生徒が。それが面白くなくってね。なんていうか、庶民レベルで考えてることとか感じていること以外のことを、垣根の向こうで決めちゃってる気がしたもんで。僕の学年からは高等部のほうは、そんな奴らばっかりになって。中学部と高等部は生徒会室が一緒なんですけど、中等部はいわゆる学級委員長が生え抜きでなってたんですよ。そこに田崎(竜太、『Not too Shabby』でお馴染みですね)が副会長で入ってきたんです。出会いですね。ちなみに生徒会役員は下僕であるという意識があったから、トイレ掃除とかしたんですよ、役員みんなで。頼まれもしないのにノリで、げらげら笑いながらね」
かなり楽しそうな学生生活だったようだ。
「高校も3年くらいになると大学への推薦制度があるから、だんだんノリがおとなしくなってくるわけですよ。それがなんとなく寂しかったんですね。それで「生徒と教師の連絡協議会」みたいなの開いちゃったりして。先生にもっといろんな事を言おうとか、うちの学校のシステムのどこが悪いのか探ろうみたいなことを、勝手に。それって余計なお世話なんですけど(笑)。型にハマっちゃうのがどうも苦手で。人とは違うことがやりたいほうで。そういっている間にも、彼は醤油を残りの寿司にかけた。いくらをほおばり、学生時代の話は続く。
「一浪して大学に入って田崎がひっぱって来てくれた怪獣好きたちが何人か集まったもんで、特撮愛好サークル『怪獣同盟』を結成したんですよ」
これが噂の怪獣同盟! でもこのお話もものすごいことになってしまうので、残念ですがまた別の機会に……。


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1986年高寺氏は東映に入社した。やはりたくさんの子供番組の構想を持っていたのだろうか?
「高寺さんは初めからプロデューサー志望だったんですか?」
「いえ、全く。雑誌の力は大きいですよね。徳間書店の『パーフェクトマニュアル・巨獣特捜ジャスピオン』って本に吉川(進・プロデューサー)さんのインタビューが載ってたんですよ。それを読んでもプロデューサーという人が、具体的に何をする人かハッキリわからなかったんだけど、番組全体に関していろいろ語っていているわけです、設定や音楽などオールラウンドに。それで東映の採用枠に当時"プロデューサー"というのがあったんで、吉川さんがプロデューサーだからとにかく自分もプロデューサーにって感じで」
意外な答えに
「ただ子供番組を作りたいと思っていたわけですか?」
と聞いてみた。
「そうそうそう。ただ、スタッフになりたいと。いや、側にいたいくらいかな」
そんな消極的だったなんて。ただ"側にいたいだけ"で、こんなにも濃厚な作品を作り上げるプロデューサーになった?
「こだわりの作品を作る、元になるモノは一体なんなのでしょう?」
「自分を視聴者の立場に置いてるのかな。子供のころに見てても「あー、手抜いたな」とか、辻褄があってないなとか、何となく感じることがあって。大人として見れば「この作品でやろうとしたことと違うことなんじゃないの?」とか。そういう、作品に裏切られちゃう感じを視聴者に感じさせたくないんです。一本筋が通ってるモノにしたいんですよね」
なるほど。自分が見たいモノ、自分が視聴者として満足のいく作品を目指しているから、自分で気づいてしまうウソが見逃せないのだ。では、視聴者としての高寺氏はこの『クウガ』には満足しているのだろうか? 「『クウガ』の達成度はどれくらいですか?」
「う〜ん、それが実はね、すんごい面白いと思っているんですよ(笑)。手前味噌なんですが、ビデオで続けて見直してみると特にね。たまたま子供と一緒にオンエアを見てたとき、クウガがピンチになって終わったんですけど、子供は驚いて僕の顔をみて泣きそうな声を出したんですよ。早く続きを見せろってことだったんですけど」
やはり視聴者高寺氏もご満悦。しかもご子息と共に見られるとは、なんとも理想的な父親でもあるわけだ。
「いつもお子さんとご覧になるんですか?」
「見られるときにはね。リアクションが面白いんですよ。ああ、こういうところをこんな風に見ているんだっていう。すごい細かいところまで見てますからね。特にフォームチェンジとかは厳しいですよね。「今、ドラゴンになればいいのに」とか、「早く棒持って! 」とか。ライターの荒川さんにもお子さんがいらっしゃるんですけど、良きモニターですよね(笑)。そんな"モニターの声"をアクション監督に伝えて「子供は非常に良く見てますから、例えば棒がないときはドラゴンフォームではかわすしかないけど、一旦ドラゴンロッドを手に入れたら一撃必殺で行ってくださいね」とか。作る側と見る側の温度が極力ずれないように、自分たちで厳しくチェックしていくようにしています。『クウガ』は戦隊シリーズを卒業してしまった小学生や中学生も見てくれていますから、ウソやトボケは禁物なんですね。祐介のキャラクターとかも大きいんだと思いますけど、ああいうすごくいい人、五代雄介とすごくカッコイイ一条刑事が織りなすドラマに、何か矛盾があって欲しくないんだと思うんです。折角こういうお膳立てが出来てるんだから、とにかく上手く料理しろ、という期待感が持たれていると勝手ながら思ってやっています」
そしてマニアというか、大人もハマってしまっている訳だ。さらに高寺氏は製作当初の頃の話を聞かせてくれた。


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 『クウガ』って、ある意味かなりマニアックな番組だと思うんですよ。でも作っているほうはマニア番組を目指しているわけではなくて、ただウソっぽくなく丁寧に、日常と地続きにあるものを描こうとしているだけなんです。でも、結果スタッフのこだわりが絵に出て、今までの感覚からすると"マニアック"なものになっている。これが受けているという事は、どういうことなのか。正直言って掴みかねてるんです……。
今だから言えますけど、『クウガ』の脚本が出来て、キャスティングも全部出来て、いよいよクランクイン! ってなって、日々撮影されてくるモノを見て「これが受けないわけがない」と、確信を深めていったんです。製作発表も自信満々だったでしょ? でも実はオンエアの2日くらい前になって「これ、やばいかもしれない」と思ったんです。「こんな番組、誰が見るのかな」って。つまりTVというメディアは、家庭で何かをしながら……例えば「あ、お母さん、それ取って」とか、寝そべって雑誌を見ながらとか、そうやって見るモノじゃないですか。ところが『クウガ』はそうはいかないんですよ。テレビの前に、"見るぞ"って感じで座って「この謎どうなった?」とか、「今のはどういう意味?」とか考えながら、構えて見なきゃいけないんです。日曜朝8時にこんな番組やったって誰も見ない、誰もこんな肩の凝る番組に1年間も付き合ってくれないと思って「しまった〜、作り方間違った〜」と、急に逃げたくなったことがあったんです」
しかし、そんな心配はいらなかった訳だ。
「でも、こういうことなのかな」
高寺氏なりの『クウガ』ヒットの分析が始まった。
「テレビ番組のプロデューサーとして入社以来ずっとやってきて、テレビというのはどういうメディアかと言うことを思い知らされてきたわけです。自ずとストライクゾーンみたいなものが、頭に入っているんです。ここへ投げるとこう返ってくるみたいな、玉の投げ方が。なのに『クウガ』に関してはよせばいいのに、その投球法をやめて新種の投げ方に挑戦しちゃったんです。経験的には「それ、やるとなると大変だし、そこまでやらなくてもお客さんは楽しんでくれるだろ」と思いながらも、「でも、確かにそれをやったほうがもっと面白くなるよね」って感じのものをとにかくやることにしたんです。背中を押したというか、自分に付いた垢を落としてくれるのが文芸のお二方や荒川さんなんです。二の足を踏むというか臆病になってたというか、ある種型にはめようとしていた自分に気づいたんです。それで基本に立ち返って、自分も面白いと思える見たいモノをやろうって。目の前にいるスタッフとキャストなら、それが出来るんじゃないかって。でも、ここまでやることになるとは思ってなかったですけどね」
作品もさることながら、さすがの高寺氏も現在の殺人的スケジュールまでは予測できなかった様だ。しかし、その甲斐あって『クウガ』は毎週高視聴率をマーク。子供はもちろん、大人だって期待大で見ている。そこで今後のこともちょっと教えてもらった。
「作品全体のテーマでもあるように原則的に良い暴力というのはないと思っているので、拳を振るうことを選択してしまった五代雄介を待っているモノは実は過酷で熾烈なのかも知れません。果たして彼の生き様は僕らに何を示すのでしょうか。石田監督の第34話『戦慄』と第35話『愛憎』はそうした部分に関わるエピソードとなると思いますので、注目して見ていただけると幸いです。視聴者の皆さんのご意見も日々拝見させていただいています。現在、渡辺監督が第36、37話を撮影していますが、もう残すところ12話となり、最終回への流れも見え始めてきています。どうか最後まで『クウガ』を見守っていただければと思います! 」
もちろんです。何かと胸騒ぎするところもあるのですが、とにかく信じて見続けます。あ、ということは高寺さん、まだまだ熟睡出来る日々は遠いと言うことですよ。お体、大事にしてください。


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who 高寺茂紀 (たかてら・しげのり)1962年東京都生まれ。1986年東映入社。
1987年『仮面ライダーBLACK』でアシスタントプロデューサーを務める。
1994年『忍者戦隊カクレンジャー』から戦隊シリーズに参加し、以後同シリーズ『激走戦隊カーレンジャー』、『電磁戦隊メガレンジャー』、『星獣戦隊ギンガマン』を手掛ける。
現在は2000年1月30日より放映開始となった『仮面ライダークウガ』のプロデューサーとして、戦いの日々を送っている。
追記;最近は各出版社から『クウガ』特集の本が多数出版されて、その監修にもとても忙しい高寺氏。中でも『ハイパーホビー.ダッシュ!!5(徳間書店・発売中)』がお勧めらしい。「どのページ見ても面白いんだから、ほとんどカラーページで。オダギリジョー&葛山信吾&村田和美&葵若菜の座談会とかも延々16Pあったりして。同席させてもらったんですけど、ホント爆笑必至ですよ。とにかくいろんな意味で『クウガ』の本音トークが詰まっている本だから、是非!! 」と、発売前のチェックが大変だった分、思い入れたっぷりで推薦してくれた。
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