
さて、前回は生楽器の素晴らしさに関して申し上げたと思います。
今回は、どうして生楽器が素晴らしいのかを少し詳しく述べてみたいと思います。
カーレンジャーの音楽の素晴らしさから具体的な話になってきましたが、これは、作曲の佐橋さん達とも常日頃、話をしてきている内容で、少し、専門的ではありますが、僕らの音楽の作り方の中では必要なことなのでお話させて下さい。
弦楽器や管楽器は必ず倍音というものを含んで音を構成しています。この倍音はそれぞれの倍音が高めであったり低めであったりして完璧な音ではなく揺らいでいます。
例えば、ドという音(これをオリジナルの音とします。第1倍音といいます。)を鳴らすと倍音としてオクターブ上の第2倍音、オクターブと5度上のソの音である第3倍音等全部で16倍音(4オクターブ上の音)くらいまでの音が一斉に鳴っているのです。しかも、この音が先程、申し上げましたようにそれぞれの音程が高かったり低かったりして微妙な調和になった音がしています。このような音が同時にいろんな音で鳴りますから、さらに、微妙なニュアンスを含んだ音になっていきます。シンセサイザーのような電子楽器にはこの倍音の高低がないので、調和した感じが生楽器と違ってきます。これは意外と不自然なもので、高低の無い成分だけの響は人工的な感じがしてしまうのです。
また、(いつか機会があれば更に詳しくお話しますが)、生楽器でも厳密に言うと調律の仕方、平均律と純正律でそのニュアンスは変わってきます。平均律は1オクターブを12に強制的に割ったものでの調律ですが、純正律は倍音を用いて行う調律です。基本的には自分自身で作り出す音は弦楽器や管楽器などは純正律のハーモニーを作ることが出来ます。ピアノなどは最初から音程が決まっているので調整をすることは出来ません。これは、コーラスなど人間の声にもあてはまります。自分たちで気持ちのいいところを探りながら合わせていくのが純正律になっていきます。
簡単ではありますが、少し専門的な理論を交えながら音の調和について述べてみました。
これは、生楽器の良さを証明してくれるひとつの要素であります。
もちろん、平均律の楽器を交えてもシンセを交えても人間が演奏することが出来れば、
生楽器の素晴らしさを音楽で感じることが出来ます。僕や佐橋さんはそのような生きた音楽を録音することによって十年以上経った今でも古さを感じさせないものがあるんだという確信を持っています。カーレンジャーの音楽はそういったものが支えてくれた音楽だと思います。
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