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耳障りなベルの音は、止んでなお耳の奥で鳴り続けているようだった。
ぱらぱら。それは雨の音ではなく、猛獣が破壊した牢屋の壁が崩れ落ち
る音。砂煙りはまもなく晴れた。俺だって負けないくらい晴れている。
そこには手のつけようもないはずの2体の猛獣が力なく横たわっていて、
その横にピーマンのような王冠をかぶったグレエな肌をした老人が虚ろ
に立っていた。
オーケー、いいね。そうこなくっちゃ。こんだけ痛いの我慢したのよ俺
様が。ゴールさすなよ簡単に。
猛獣からの少なからぬ攻撃を受けただろう赤色1号と青色2号は、よろ
けつつも老人の側に歩み寄ろうとしている。俺は悟られぬよう隙をみて
Mr.バルーンの生存を目視する。彼はその厚いゴム皮のおかげで、無傷
のまま未だ鉄格子にひっかかっている。 グレイト
「ほおう君か。ご多聞にもれぬトラブルメーカーのようだ」
老人が小さな声で呟いた。
俺は何の反応もしめさなかった。まったく人が氣にしている事を。
「この可愛らしい妖精たちから聞かなかったかね?」
黙って続きを待つ。
「君は味方かそれとも敵か」
山椒は小粒でぴりりと辛い。くらいにリズム良い台詞だった。
うんだいじょぶだ、俺ビビってねぇ。まずまずの冷静さでいられてる。
「しかしね、一見するだに君は素直じゃあない。
いいかいようく聞くんだ。君は決して悪い素材じゃあないんだ。
さして悪くない素材という自証は良い料理人を前に醜い虚栄心を即座
に棄てられるかにある。
わかるね?頭を使うんだよ。ほら見てご覧、嫌でも目に入るねぇ。
この動物は元々つがいだったんだよ。鳳凰は二つと存在しちゃあいけ
ないんだ。じいっとしていてもいずれどちらかが必要なくなる。しか
しながら滑稽にも暴れてね。そこが実にナンセンスだよ。雌雄は知ら
ぬが無駄だねぇ愚かだねぇ。頭を使うんだ。相手を思いやるワキマエ
こそあれば暴れ出すこともなかろうに。もっとも、この檻が氣に入ら
なかったんだろうがね。ひっひっひ」
老人は著大な鳥を蹴飛ばした。鳥は床に長い首を投げ出してぴくりとも
動かなかった。煙が晴れて分かったが、猛獣は全部で3匹もいた。
けれどこいつの言うように、一匹は死んでしまっていた。俺はやっと
確信する。俺はその変わった鳥のつがいを、とてもよく知ってるんだ。
「いいかい、ようく聞くんだ。我々は君を歓迎しているんだよ。
君はタフだ。鬼さえ振りきり、赴き戴いたご足労さえ感謝している。
だから食べ物も与えて暖かい場所まで提供した。イエス・ウエルカ
ム。わかるね?ただしサービスはこれきりだ」
束の間の静寂ができた。自分で言った内容に「思い出し怒り」したみた
いなこいつ自身で生んだ間だ。やっかいな間だった。単なる俺の形而上
の沈黙が、こちらに半ば強制的に意志を持たせる。「あんたにゃ賛同で
きねぃ節がある」と。もっとも、そう伝わるに越した事はない。
「オーケー話が長引くのは趣味じゃないんだ。
まずお願いだから散ってしまった子供達を一人残らずここに戻して
くれたまえ。君がやったことだからね。話の続きはそれからだ」
……くれたまえって言う人いるんだな実際。よし。まだ俺はクールだ。
で、ここにきてなんだが、ちょっと試したいことがあった。
「オーケーじいさん。まずとっかかりにあのキッズ達は何の目的でここ
にいるんだい?教えてくれたらトゥギャザーするぜ」
図らずもよもや途中からルー先生が降りてきてしまった。先生、今は
お呼びでないっす。
「・・・」
あ……ほら先生。。いみじくも完全にじい様を怒らせた。すげえ……
ルー先生あんたマジすげえ。この爆発力。しかしそれ以前にこの男は、
自分に何かを問われること自体に腹を立てる男のようだった。自分の
命令に疑問を持たれること自体を嫌う男。うははだせーなこいつ。
なんか言わなきゃ、な間を埋めるべく爺様が口を開く
「オーケ…」
でた!元来本人の口癖であったはずのものが、メディアによって妨害
された良い例である。確実にルー先生によってダメージを受けている。
吹出しそうになるが、そんなの関係ねぇとなんとか堪える。
「……あの子達は、未来なのです」
氣持悪く言葉遣いを変えてきた、これは完全に怒らせてしまったんだよ、
ルー先生。両脇の小人達の表情が、明らかに引きつっていた。
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結局のところ、ピーマン爺様はただ者じゃなかった。
やつの全身がぼんやり光りだしたかと思うと、こともあろうか俺の思い
出したくもない身体に埋められた「ある組織」が勝手に反応し始めた。
まったくもって今までに感じたことのない激痛が走る。
「痛ぇーーー!」
とんでもなく身体が痛ぇ…ちくしょぅ、ギリギリまで抗うぞ……痛ぇ!
で、次の瞬間、頭からしっぽが出てきてしまう。第一段階を過ぎちまっ
た証拠。願わくばヘビになんて変身したくなかったのだ。
そいつを忘れちまいたいからここまで旅を続けて来たのに。。
「たんまたんま!爺さんわかったって!!……爺さんてばよ!」
俺は精一杯の声を出す。
「子供集めんはいいけどよっ…わかったわかった!ちょい待っ…!」
多分このまま変身してしまうと2度と人間に戻れなくなる。俺には確信
があった。そのくらい、奴は本物で、生っ粋の、吸引力抜群の…………
オルフェノクだった。
全身がびりびりして、全身の皮膚がどろりととろけ始めていた。
こんな時…だからなのか、見事に人間に馴染みきっていた己を知る。
人間じゃ無くなるのが、今すげぇ、恐い。俺いやだ!人間でいたいわ!
「待ってくれよ!頼む!頼むう!爺さんよーっっ!!」
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「そんなに呼ばんでも聞こえとるわいっ!」
それはそれは驚いた。
「ぅぉおっさん!!!……ぃゃ誰だっけ?」
思いきり殴られる。ひでぇ。冗談半分慌て4分の1、あとの2分の1
が信じられなくて最後の2分の1が、親しみから出る甘えだったのに。
力任せのゲンコツをくれたのは、ザワザワのおっさん。驚いたわい。。
あ、鼻血。ただでさえ今や頭から完全にしっぽが伸びちゃっていて、半
蛇人的脱皮をしたてのデリケートな敏感肌だというのに。ついでにピー
マンオルフェノクをずうっと向こうで食い止めてるのは、何を隠そう、
あのカグヤくんだった。
俺はザワザワのおっさんに抱きかかえられたまま、目をしぱしぱさせる。
我にかえると、奴に随分弾き飛ばされていたのを知る。
「おぬしよう踏ん張ったなぁ」
ふと見ると俺の胸元から大量の血が遠慮なくざんざんと流れ出ていた。
全身が火傷で火照っていて痛みが鈍っているのか、全く氣がつかなか
った。へぇ。幸か不幸かちょい覚醒のおかげで身体が随分ストロングに
なっていたのか。半蛇人。カナ表記だと、ハンダジン。ハングルに直せ
そうなこの響きの容姿は、後頭部から蛇のしっぽを生やし、ぎりぎりで
コンビニに行けるか行けないかの瀬戸際ラインをうろうろしている所謂、
水着で入っても違和感なく受け入れられる、海岸沿いのコンビニならま
ぁセーフ(アウトだよ)。といった具合で、足元の鮮血が水の鏡の如く、
俺の全身を写していた。
「うん〜まいいや!!生きてこそ」だ。全くである。
「さぁおぬしは逃げろ。カグヤだけじゃもう持たん」
うん。……でも、なにか違う氣がした。
「えとさぁ、これ氣の持ちようでさあ、ちょっとギア入れりゃあ俺え、
一氣に変身できちゃうんよ…」
「むぅ。そのような感じじゃのう。なんかしっぽ、出てるしのぅ」
「んんそうなんだわ。でも、俺ぇ、さっきあいつの光?浴びてる時に、
なんかあいつの考え分かったんだわ。で、なんつうかそれでも俺、
人間がいいなって、よ、決めたんだわ。だからぁ俺、俺……」
涙がとまらなかった。
「俺さあ……」
血が抜けていくせいか少し足元が覚束なく、一度深呼吸をした。
「俺……逃げなくていい?…つうか逃げねぇわ。
今すげぇ恥ずかしいけど、足とか手とかなんかもう笑えるくらい震え
てっけど、もう先ー輩っ!アタシィ先輩よりぃもっと素敵な人見つけ
るんだからぁ・の次ぐらい今オレ泣いちゃってるけどさ……」
「……よかったな」
おっさんはそう言って俺をぎゆっと抱いてくれた。
うげぇ。多分いつもだったら完全におっさんを許さなかったな。でも、
人は本当に暖かくて柔らかくて、そして淋しくなかった。余計泣けた。
生まれて初めて自分から一番遠い夢を、胸を張って人に言えた瞬間だ
った。自分にかけられた(それは恐らく知らずに望んで招き入れたんだ
ろう)一切合切の呪いに、はい合格。とそして言えた瞬間でもあった。
そして、クリア。
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そう。クリアー。
このようにして私の旅は、ひとまずここで終わることとなる。
「え?」なんだけどもである。
私はここでクリアーした。旅に出た理由が、クリアーになった。
その人その人の合格ライン。というだろうものが、夢の大小関係ナシ
にあると思う。私の場合「旅を終わらせる」ことがとても、大事な夢。
であった。もちろんこのままの容姿で。このままの想いで。ありのま
まの時間で。
で、だからこそ今、旅の定義にはこだわってみようとも思う。もと居た
場所に帰るまでが旅なのだ。子分にあたる遠足だってそれを守っている
のだから。行きっぱなしのそれは、旅ではなく差し当たってサマヨイと
いうのだろう。今の私には少なくとも、旅と銘打った以上の、もと居た
場所に還るまでを物語る義務がある。もっとも私に帰る家はない(木場
のところにはやはり帰れない)ものだから、まぁ「私なりの、もと居た
場所」への、すなわち「帰り道」を紹介する程度でどうか許して欲しい。
本当にありがとうみんな
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泣いたら、泣いたらすっきりした。
頭がクリアーになった。
別に涙が何かを取返してくれるものじゃないのだけれど、少なくとも
誰にとっても意味がある一粒なんだ。ってことだけは確かだな。
バチン!!
向こうでカグヤ君が壁に叩き付けられた。
ピーマンの身体全部がすでに太陽みたいに激しく光っていて、その熱で
壁も溶解しはじめていた。誰の目にも、おそらく本人でさえ手の施しよ
うがないと分かった。もう誰にもとめられないのだ。
「なぁおっさん、ひとつ聞いていいか?」
「急いでるからひとつだけな」
「うん!そうする」
「おっさんはなんで戦うの?」
「蹴飛ばしたら痛えし、蹴飛ばされても痛えのにか?」
「うん。そう」
ガラン。カグヤ君の刀が把手のところから溶けて地面に落ちた。
「お前さんは、どう思う?」
「きたねーなー」
「答えを知ってて聴く方が、じゃろう?」
「そうかもしんない」
「言ってみ言ってみ。今忙しいんじゃから」
「うん!」
俺は飛び出した。
「そら行け小僧ーっ!」
「俺よーっ!争いをとめたいんだわー!!」
俺は疑うこともなく横たわる巨大な鳥のふかふかお腹に突っ込んだ。
羽根の表面は悲しいくらいに熱くって、でも我慢して中に手を伸ばす。
そしてそれはあるんだ。
俺の帽子。ホーちゃんがどっかにやった帽子。
帽子を手に俺はトカゲの近くに駆けてって、もしもし?って起こして
やった。彼はもうぬるぬるなんてしてなかった。立派な大人のトカゲ
になっていた。彼は少しだけ目をあける。熱いね熱いけど頑張ろうね。
「なぁ、ホーちゃんを濡らさないでやってくれる?できそう?あいつ、
不死鳥じゃないのな、鳳凰なのな!すげーな!ちょいと冷えるぜぇ」
俺はありったけの力で頭のしっぽを振り上げて、ムチのようにしなら
せた。ばちんと音をあげてMr.バルーンのゴム皮を切り裂く。すると
ゴムの裂け目から弾けるように大量の海水が吹き出した。その勢いで
Mr.バルーンは鉄柵から押し出されみる間にその本来の姿を露にした。
囚われの海の愚者。クラーケン。俺はそれを知っていたのか、それ程
驚かなかった。というより、びっくりしてる余裕がなかったのだと思
う。というのも、その場にいた全員がトンネルの出口へと大波に飲ま
れて流されていったからである。
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でも、あいつは偉かった。狭い通路を暴れ狂う海水のまにまに一瞬だ
けだが、ちゃんとホーちゃんを助けに向かうところが見えた。随分と
弱っていたと思う。何億年も生き抜いてきたムカシトカゲ目の底力。
改めて、世界の生き物共通の優しさという本当の力をみた氣がする。 |