
まさにアクションと共に歩んだ俳優人生。しかし、大葉さんはアクションだけではなく、その魅せ方までも優れていたことは皆さんご存知の通り。そういった技術的なものはどのように培われたのでしょうか?
「千葉さんは昔、東映専属の俳優でしたから、その付き人をやっている時にお芝居以外のところも勉強させて頂きました。照明とかキャメラアングルとか、レンズを見てどのように映るのかといったことですね。現役の頃は自分がどう映っているのかハッキリと分かっていましたけど、今回はそんな余裕はありませんでした(笑)。レンズなんか覗くこともなく、『あ、ここにカメラがあるんだ』みたいな。で、アクションをやったらちょっと(カメラの映る範囲から)ずれちゃった(笑)。昔は背中にも目があったんですけど……やってないとやっぱりなんでもダメなんですよ。人の動きは、客観的に見られるから『こうした方がいいよ』と言えるんですけどね。ただ、こういう動きって十人十色、百万人百万色だから好き好きがあると思うんですが、やっぱり百万人が見ても、『これはイイ!』と言えるものを作ってゆきたいですよね」
カメラや照明の話も出ましたが、そういった撮影技法などで今と昔で変わったところはあるのでしょうか?
「『よーい、スタート!』で、『カチン!』とカチンコが鳴って始まり。というところ変わらないですけど、今は撮った映像をビデオですぐ確認できるところは違いますよね。アメリカだと、『ヨーイ!』は『Ready!』、そして『Camera!』でキャメラ回して、『Action!』で動くんですが、向こうの『Action』というのは、役者さんたちに『動け!』という、いわば全てを動かすという意味なんです。そういう意味でアクションってつけたと思うんですけど、日本では跳んだり跳ねたりっていう意味になっちゃってますね」
撮影の技法の話で盛り上がっていると、同席していた宇都宮プロデューサーから「キルビルはどういう風に撮ったんですか?」という質問が。確かに、あの独特のカット割はどう撮影されたのか気になります。
「道場で刀を渡すところと、寿司屋のシーンですね。まず、監督と役者さんだけのリハーサルがあって、『こういう風に撮る』『じゃあこう動きます』『そうならこう撮ろう』というようにシーンの流れを最後まで作り込んでいくんですよ。それで互いに納得した後、キャメラマンと照明さんが入り、彼らに説明をして、最後に他のスタッフに入ってもらって部屋の四隅から撮ったんです。だけどカメラは1つだけだったんで、寿司屋のシーンを最初から最後まで何回もやるんですよ。しかも引き、ボディ、アップと3つのアングルで。リハーサルで各5回やったとして、それだけで最低15回。それを4回ですから、合計60回以上(笑)。で、いいとこを使うと。『へえー、こういう撮り方なんだ』って思いましたね。その後監督に、『いつもこういう風に撮っているんですか?』って聞いたら、『いえ、僕もこれが初めてです』って。でも、刀渡す時は順番に撮っているんですよね」
現場の話はさらに盛り上がり続けます。「ニュージーランドで撮った時なんですが、向こうの人って『ヨーイ!』が長いじゃないですか。技術パートがそれぞれ『ローリング』ってカメラが回っていることを確認してから、『アクション!』と言って撮影に入る。ハイスピード(撮影)の時には、『これ、フィルムもったいないな〜』と思いましたね」(宇都宮P)
「それ、僕もあったんですよ。北京で撮影があった時に。僕は千葉さんと1ヶ月くらいいたんですけど、撮影をいきなり中断して、スタッフが『飲んで飲んで』って一杯渡してくる。しかも、それテキーラなんですよ。周りを見渡すと、監督やスタッフの皆も飲んでる。で、千葉さんが『なんだあれ? ちょっと聞いて来い』と。それで聞いてみると、『今のが400本目のロールチェンジなんだ。そのお祝いだよ』って(笑)。その後30〜40分休憩があったんですけど、終わったら皆ピシっとしているんです。何回やってもトチんないし。だから飲むなとか言えないですよね」
海外は撮影方法だけでなく、撮影の文化そのものが違うとは驚きです! それにしても、なんと豪気な現場なのでしょうか。テレビと比べ、予算も時間もあるとはいえ、フィルムの使い方も半端ではないですね。
「フィルムが1ヶ月で400本ですからね。千葉さんの話だと、1つの作品が終わるといらないフィルムを4トントラック何台という単位で捨てるみたいです。日本じゃ考えられないですよね(笑)。僕らが戦闘員をやってた頃は、NG出すとカメラマンに『お前、今のフィルム代、お前のギャラよりも高いんだよ!』ってよく怒られました。だから、本番っていうのはすごい緊張しましたよ。今回は違う意味で緊張しましたけど(笑)」
カメラマンといえば、今回は懐かしいスタッフの方とお会いできましたか?
「カメラマンの松村(文雄)さんと、照明技師の方ですね。あとはスチールの方たち。僕はイジメてなかったですけど、デンジレッドをやってた新堀(和男)ちゃんはよくスチールの皆をイジメてましたね(笑)。お面かぶる前に面白いポーズやって和ましたり。楽しい現場を作ってました」
今回はヒーローの父親役ということでしたが、今後、もし再び特撮ヒーロー作品に出演する機会があったら、どのような役を演じてみたいですか?
「こういう役という具体的なものは無いんですけど、年齢的なものもあるから、ある程度役柄は限られてくると思います。ただ、やっぱりアクションを交えた役だと嬉しいですね。高いところは……5メートルが限界かな(笑)。まあ、トランポリンを使って表現できるような役を出来る限りやっていきたいなと思います」
最後に、ヒーローネットをご覧になっている方たちにメッセージをお願いします。
「ずっと応援している方たちには、『ありがとう!』という気持ちに尽きます。久しぶりにゲキレンジャーという作品に参加させて頂いて、僕なりに一生懸命頑張りましたので、作品を楽しんでください。これからもずっとヒーロー番組を応援してください! そして、若者たちを共に育ててやってください!!」
■おおば・けんじ。1955年2月5日生まれ。愛媛県松山市出身。血液型:A型 潟Wャパンアクションエンタープライズ所属
高校時代に上京し、ジャパンアクションクラブに入会。『人造人間キカイダー』『秘密戦隊ゴレンジャー』などでスーツアクションを経験し、『バトルフィーバーJ』のバトルケニア・曙四郎を皮切りに、『電子戦隊デンジマン』のデンジブルー・青梅大五郎、『宇宙刑事ギャバン』のギャバン・一条寺烈役とヒーローを立て続けに演じる。
その後、『影の軍団』シリーズ、『里見八犬伝』、『伊賀野カバ丸』、『コータローまかりとおる!』など多数のドラマ・映画に出演。また2003年には、クエンティン・タランティーノからのオファーにより、映画『Kill Bill Vol.1』に出演。ハリウッドデビューを果たす。
現在は俳優業のかたわら、松山市でアクションショーや演劇などイベントを運営する『ラックJET』の代表取締役社長も勤め、後進の育成にも力を注いでいる。










