
ジャンルも問わないのだ。それでも、撮影現場はそれぞれ違いがあると思うのだが?
「その違いは多分、『ゴジラ』とか『ガメラ』とかじゃなくて、スタッフが作り出した現場の雰囲気だよね。だから基本的には変わらないですよ。ちゃんとメソッドして役作りして、自分の裏側の芝居も設定も考えて、自分がその時の感情でパッと行けるところをちゃんといくつか用意しておく。必ず反対の方向を探しておくんです。悪役が悪くなって行く、悪さの行動としてのアクションをムーブメントする時の起爆剤として、反対の物を用意しておくんです。それは例えば、悪を楽しむ愉快犯じゃなくて、どうしてそういう行動をするようになってしまったのか、どこかに原因がある訳でしょ。今のいじめの問題もそうだし、いじめの問題はどこかでいじめる子になってしまう、その原因は親にあったりもするしその親が育った環境にあったりもするから、そういうところを自分で探すんですよ。今回の牙王の場合は、普通のサラリーマンか何かで家庭を大事にしていて、ある時何かのきっかけで愛する子供を失ってしまう。だから子供みたいに箸も使わずに鷲掴みで物を喰う。それはその子供の印象がずっと強いから、幼稚園に入るか入らないか位で失ってしまった子供のイメージが。誕生日の時にケーキを『いいよ、好きなように食べな』と言ったら、ぐちゃぐちゃになりながら、感触を楽しみながら鷲掴みにして食べている。1年に1回はいいよ、って言う時のその子供の印象があるから…って言うことを自分で設定を作るわけですよ。自分のこのキャラを作る上での起爆剤って言うか。だから時を支配したくなる。上手くすれば子供は生き返るかも知れない、だからこんな時間はもういい、子供が生きている時間に戻ってそこから自分だけの時間を子供と一緒に過ごそう、とね。だから現代に帰って来なくてもいい。現代に未練はない。そういう設定を自分の中で作って行って、それを邪魔する者は倒す。自分の中では正義なんだよね」
と、役作りでは自分なりの裏設定を作り上げることから始めると言う。その結果、牙王はワイルドな人物になった。
「ワイルドになって、ちょっとコミカルになって。コミカルな部分は普通のお父さんの部分」
かなり作り込んで牙王に挑まれたようだが、それは自身と離れた役だったからなんだろうか?
「そんなことないですよ。自分が考えられる物、自分が発想する物は自分の中に絶対ある物だから。自分の生きた分しか出来ないんです、芝居って。自分が観察したり体験したり、そう言う物でしか出来ないからね。それ以上のことは出来ないんですよ。それ以上の物を想像でやったりすると、それはお客さんに通じないから。自分の中に無いものだからね。それに人の心を打つには、正義をそのまま演じても人の心を打たないんですよ、影が無いと。悲しさとか弱さとか、そういうのが無いと。なんのてらいもなく『お前らそれくらいしかできないのか』とゆとりを持ってやればやる程、そこの後ろに絶対弱みがあるはずだって思わせる訳でしょ? それを思わせるようなところが、チョコチョコと感じられれば、その辺を出せたら冥利なんですよ。こうだよ、って説明しないでね(笑)」
また、撮影現場への途中参加はことのほかスムーズだったようだ。
「これはレギュラーで番組をやっている訳でしょ。スタッフもレギュラーも流れが出来ているから、そういう連続ドラマの中にゲストでポコって居るのって役者としてはツライんですよ。流れが出来ているだけにね。その…癖とかある訳でしょ。それは本番だけじゃなくて、待っている時の座る所とか待っている雰囲気とか。今回も石丸(謙二郎)さんが駄菓子みたいのを用意している。それを食べて いいのかな?って思いますよね? 『どうぞ』って言われても食べていいのかな?って思うじゃない? 俺も何か持って来ないといけないかなって思うんだけど(笑)。そういう流れの中に、ポコッて入るとそこだけが勝負だから頑張っちゃうんですよ、普通の役者さんて。それで頑張らなくても良いところまで頑張っちゃうのね、全体の流れの分かっていないところに行くから。自分の義務感とか責任感で精一杯やっちゃったりする。それが、ハマらなかったりする現象があるので、やりづらいことはやりづらい。でも、今回は何も無かった(笑)。スッて入って行った。雰囲気が良いしね。スタッフの雰囲気も良いし、変に気を使ってなくて良い。スーツアクターも俳優さんなんです。ちゃんと感情移入してそれがお芝居になっている訳。マスクを被ったから、表情見えないからと言って手を抜いていないんだよね。その表情のまんま、表情作って感情を移入してちゃんとメソッドが出来ているんだよね。役者なんですよ。役者さんがアクションをやってるって感じ。しかもスーツを脱いだら脱いだでカッコイイし(笑)」
と、スタッフ、共演者をベタ誉め。
では、ガオウ役の方とも密なコミュニケーションを取ったに違いない。
「直接込み入った話はしませんでしたけど、多分僕のことを見ているんだよね。僕も彼の動きを見ているし、僕らしくやってくれているな、大丈夫だなって安心でね」
と、意外な答えだった。
では、アフレコでも変身前と変身後の違いは無かったのだろうか。
「アフレコもね、やりづらいことが全然無いんですよ。セリフって主語から始まって“。”で終わったんじゃ面白くない、普通リアリティってそうじゃないじゃないですか。こうやって喋っていたってどこかでつっかえるし、考える間もある。てにをはで止めるんじゃないから句読点がずれたりするんですよ、リアリティっていうのは。それを僕らは任意にしてどこかで効果を狙う訳ですね。ここは間を持ちたいな、ここを立たせる為にこっちは小さく言いたいなとか。これをスラスラっと言って『お!』と思わせたいなとか。それをアフレコのとき、自分の芝居の時はそれ用に出来る訳だけど、僕の芝居を変身後の彼がやってくれている訳だからやりづらいかなと思ったけど、すごくやりやすかったんです。トーンを落としてふわっと行きたいなと思った時もハマるんだよね。全然違和感なかったですよ」
すごい! どうして違和感なくシンクロ出来たのだろうか? 撮影中、お互い見てチェックし合っていたのだろうか?
「見てたのかな? 出来ている流れの中に僕が入れたので、その流れの通りに僕が出来たのかも知れないね。デンライナーみたいに停車してくれて『今日から参加します、出発進行!』じゃなくて、流れているところに僕が走って行ってポンと飛び乗ったらそのままスーッと行くって言う感じだね」
そのスーッと行く感じは若手共演者とも同様だったと言う。
「全然世代の違いみたいなことも感じずに、自然に行けたね。佐藤(健)君がね、天才だから。佐藤君に限らず天才が天才でいられる現場をみんなが作っているから、同じ方向を向いて同じリズム感でと言うかね。それで全員が同じ色にならないで色分け出来ている。また、カメラマンのOKが100%OKでしたね。監督がOKでカメラマンがOKならその現場OKみたいなね。監督は安心してモニターを見ていられる。なかなか無いですよね」
信頼の元に着々と進む撮影現場で、渡辺さんはしっかり溶け込んで芝居が出来たようだ。その仕上がりは劇場の大きなスクリーンで確かめるとして、今度は渡辺さんの子供の頃に観た懐かしのテレビ番組について話を聞いて行こう。
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