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「小1の時に遊んでくれてた人が、僕が小4になると高校生になるじゃないですか、そうすると一人でも遊べるミニ四駆だったり、ラジコンキットだったり、一人遊びの時期に入っていくんですよ。ゾイドは小学校のときだったんで、ちょうど移り変わるくらいですね」
と、一緒に遊んでいたお兄さんたちと縁遠くなると、今度は一人で遊び始めた原田少年。だが、自分から仲間を増やす、ということはしなかったそうだ。
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「いわゆる自分のテリトリーの中に入って来た人とは仲が良かった。例えばミニ四駆を走らせる人は仲が良いけど、この輪の中に入って来ない人に対しては、入って来いとはまったく言わなかった」
が、原田少年自身が呼びかけなくても、注目を集める存在ではあったのだ。
「僕のミニ四駆はめちゃめちゃ速かったんで、中学生にも注目されて。当時ラジコンも始めてたんで、ラジコンのハードのシャフトとかをちょっと細工すればミニ四駆に使えるっていうのが分かって、それをやっていたりしたんで速かったんです。その後々にミニ四駆の雑誌で、同じようなものが発売されます、って」
と、オリジナルアイディアでミニ四駆の先端を走っていた。
「親父が物作りをする人だったので…例えば家の縁側を作るとかいうと、木を切って自分で作っちゃうとか。なので家にはペンチとかヤスリとか道具が色々あったんです。使い方もちゃんと教えてくれたりして、「こうすれば出来るな」とか思って、ミニ四駆を作ってました。
当時はタミヤがミニ四駆の大会を良くやっていたんですけど、純正じゃないといけないんですよ。けど、モーターにも自分でコイルを巻いてみたりとかしてたんで、まったくそういった大会には出られない、僕は走り重視みたいな感じだったんで(笑)。とにかく一番になるために、毎日毎日(笑)」
と、公式記録よりもオリジナルでの速さに賭けていた原田少年。幼いながら“我が道を行く”信念を貫いているようだ…。しかしそこまで改造するには、やはり構造が分かってないと出来ないこと。だが、
「単純ですから(笑)。ラジコンをやるようになって余計に「こんなに単純なんだ、ミニ四駆って」。空気抵抗とかは、本とか読んでヤスリで削ってみたり、ラジコンのボディを見て同じところに穴を開けてみたり、あとは全体的にヤスリをかけて薄くするとか」
と、かなり凝っていたようだ。その参考にしていたラジコンキットだが、これはまたかなり高額なオモチャだと思うのだが、そんなにたくさん買ってもらっていたのだろうか?
「全部お年玉ですね。毎年お年玉を何かにつぎ込むんです。ゾイドにハマっている年だったら、お年玉まるまる全部がゾイドになるんですよ。ゾイドは1年限定ですごいハマって、その次の年はガンダムのBB戦士、ミニ四駆とラジコンは2年くらいでしたけど、全部お年玉で買って。もう、お年玉ある限りですよ。本当にヤバイですよ。みんなはお年玉を貯金しておいて、欲しいものが出来た時に使うとか。でも、僕はいわゆるクリスマスも…買いたかったもの全部買うんですから(笑)、オモチャ会社からしたら絶好のカモですよね(笑)」
そんなオモチャばかり買ったら、親に怒られたりしないものだろうか?
「言われていたみたいなんですけど、聞かなかったらしいんでf(^_^;。たぶんその反動があって、今は貯金をするようになっているみたいです(笑)。でも今だに酔っぱらうと、そういうものを買ってしまうんですよ。この前酔っぱらってすごいミニ四駆がやりたくなったんで、帰りに家の近くのオモチャ屋さんでミニ四駆買っちゃって(笑)。今さら速く走らすのも何だな、と思ってワイドタイヤの、モンスタートラックのミニ四駆を買って、家でウイリーとかさせて遊んでます(笑)」
え? 酔うと細かい事をしたくなる? かなり至難の業になりそうなのに…? 不思議に思うと案の定、さすがの原田さんも、
「ギアとか、グリスを塗るんだけど酔っぱらってるから手がベトベトになって、ティッシュで拭きながら(笑)」
と、酔いには勝てず、普段の器用さは発揮できないようだ。
その酔った勢いではないだろうが、最近ラジコンキットにも再熱し始めている。
「今、ラジコンキットなんて近所のおもちゃ屋さんでは殆ど売ってないじゃないですか。僕たちの小さい頃って街の普通のオモチャ屋さんに行くと、種類はともかくラジコンキットって置いてあったはずなのに。だからすごい寂しい気がして。今、ラジコンを作る子供ってあまりいないんじゃないですか。完成済みのものが出回り過ぎちゃってるから。本当にラジコンに関してはもう一回やりたくて。プロポとか別でサーボとかからちゃんと自分で組み立てたいんですよ」
と、嘆く。実際私もラジコンと聞いて組み立て済みのものを想像していた。聞けば、現在のラジコンキットはより高度なホビーになってしまい、ヘタをするとエンジンから自分で組み立てるものもあるという。これでは到底小学生には無理な話だ。まあ、そこまで高度なキットではなかったにしろ、当時小中学生だった原田さんが、ラジコンを作っていたわけで、やはり手先の器用さは確かなようだ。そしてその当時、同時にプラモデル、いわゆる“ガンプラ”にもハマっていたという。
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「同時期でガンダムも作りまくってますよ。でも、ガンダムは小5〜中1くらいで作っていたんですけど、中2くらいの時にエアガンが流行って…全部エアガンの的にしちゃったんですね(笑)。すごい数があったんですよ、ハマルとハマルから。50〜60体くらいどわーっとステレオの上に並べてたんです。小さい頃に作っていたのは親が全部箱に入れて保存しておいてくれてて。それはまだはめ込みじゃなくて、接着剤を塗って作るものだったんですけど、小さいながらに一生懸命作って。そういうのも全部棚に出して。塗装もちょこっと凝ってやっていたりするんですけど、パッと熱が冷めて全部エアガンでパン!パン!パン!(笑)。躊躇は無かった…(笑)。もうあっという間、2日間くらいで全部撃破してf(^_^;。今思うとすごいもったいないことをしたな、って思うんですよね」
と、苦心の作も次のマイブームの餌食となってしまった…。そんな後悔のせいかどうかわからないが、ラジコンキットに続き、
「この頃、おもちゃ屋さんに行くとプラモデルをよく見てますね、そろそろ周期が…。今のプラモデルってすごいリアルじゃないですか。よく出来てますよね」
と、プラモデル復活の兆しを見せている。
「最近手先を細かく動かすことがないんで、それをやりたいんですよね。細かい作業は大!好きですね。昔からです、全然苦にならない」
と、原田さん宅がオモチャでいっぱいになる日はそう遠くないようだ。
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