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久しぶりに行った東映東京撮影所は、さらに様変わりをしつつあった。監督さんや脚本家さんたちが打ち合わせをしていた会議室などがあった建物、それが跡形もなく壊されていた。さらに改革の手は駐車場へも伸び、大きな長い穴が掘られていた。ここでは、戦隊ロボのスチール撮影などが行われることもあった、たまには戦闘シーンの撮影もあったりした…時代は刻々と変化しているんだと、感じる風景だった。
さて今回はライダーのみならず戦隊ヒーローでもあった方、『仮面ライダー555』ではデルタ・三原修二役、『救急戦隊ゴーゴーファイブ』ではゴーグリーン・巽ショウ役を演じた原田篤さんにインタビューする。彼も撮影所のこの変貌にはきっと驚いているに違いない。では、当時をふり返りながら原田さんの人となりに迫ってみよう。
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待ち合わせをしたGスタジオに現れた原田さんは、やさしそうな柔らかい雰囲気を持った人で、巽ショウとも三原修二とも違っていた。では、これらの人物を繋げるべく、早速お話を伺おう。
「『ゴーゴーファイブ』のショウだったんですよね? 4年前になるでしょうか?」
と、まるで本人確認のように質問すると、
「期で言うと5期前なんですよね。ちょうどあのとき20歳で入ったんで」
と、笑顔で答えてくれた。
「では、この撮影所は懐かしかったのでは?」
と、当時とのギャップを伺うと
「ここでの撮影は『ゴーゴーファイブ』のあとは1回だけ、『タイムレンジャー』とのVシネで来たあとは撮影所に来ること自体無くて。いろんな建物が建ってるし、壊れていたりしてたんで、びっくりしましたね。やっぱり懐かしさはありますよ。セットを歩いていても、知っているJAC(現ジャパンアクションエンタープライズ)さんがフッと出てきたりして、「あぁ、変わってないな(^o^)」とか。当時の助監督の人は監督になってて。貫禄がついたっていうか…(笑)。戦隊の監督、中澤(祥次郎)さんは当時僕たちのチーフの助監督で入ってて。
スケジュールとかずれてくるといつも「ごめんね〜」って謝ってた人なのに、今は「おー!」(胸を張って手を振る仕草)ってなってて、あれ?って(笑)。鈴村(展弘)監督も
僕たちのときは『がんばれ!ロボコン』の助監督で子役の手を引いていたイメージが…それが今はもう監督で、カット割りもパッパッパッて、カッコイイなぁって。自分もずっと役者をしてたので、5年前よりもちょっとでも良い物が出せたらなぁって思いました」
ただ懐かしむだけでなく、更なる刺激を受けたようだ。その刺激はそのまま『555』の画面に現れている。では、実際の撮影現場ではどんな懐かしい刺激があったのだろうか?
「『555』には途中参加となりましたが、撮影現場ではすぐに馴染めましたか?」
と尋ねると、
「最初の回の監督が長石(多可男)監督、『ゴーゴーファイブ』の時にずっと入っていた監督だったんです。それにファイズの高岩(成二)さんがゴーレッドのスーツアクターさんだったりとか、そういう意味ではすごい溶け込みやすかったですね。キャスト自体もすごく仲が良くて、一緒にご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりしているみたいなんです。そこにもすんなり溶け込んで(^_^)v。みんなからすごい話かけてきてくれたって感じがしてますね。最初はどうなんだろうな?心配だなっていうのはどの現場に行っても思うんですけど、もう2日目くらいで取れて。分からないことを聞くと「実はこうでこうだったんですよ」って(笑)」
と、まったく問題なかったようだ。それにしても、戦隊ヒーロー&仮面ライダーの双方ヒーローに変身するとは、イケメン役者が増えたとはいえ、なかなかいないだろう。だが、それも原田さんにとっては大きな問題ではないようだ。
「特にライダーになるからとこだわっている事はなくて、どのドラマに行ってもいろんな役があるじゃないですか。その役が今回は仮面ライダーになる男の子、三原君だっていう感じなだけです。特に意識してっていうことはないですね」
と、さらっと言う。
「待ち時間の過ごし方などは『ゴーゴーファイブ』の時とは違ったりするんですか?」
と、さらに撮影時のことを伺うと、
「そんなに変わらないかな。空き時間は、スタッフやキャストとコミュニケーション取っているほうが好きなんで。どっちかというとなるべく現場に近いところに行って、でも芝居を見ていることはあまりなくて(笑)。スタッフがやっていることを後ろに行って物まねしてますね(笑)。タレントさんの物まねとか出来ないんですけど、スタッフさんの物まねは定評があるんですよね(笑)。今は長石監督の真似だったり、戦隊のアクション監督の竹田(道弘)さんの物まねだったりとか」
と楽しそうに笑う。かなりいろんな人の動きを観察しているらしい。また、これが大好きだという。
「観察がすごい好きですね。だから、昔、事務所に入る前後くらいは、良く歌舞伎町とかに行って人の動きを見てたり、人の後ろをついて行っちゃったりして(笑)。「人間ってこんな無駄な動きをしているんだな」とか「何を探しているんだろう?」とか、そういうのはよくやってましたね。小さいころから好きでしたよ、人間観察は。中学、高校のころはよく同級生の真似とか先生の真似とかしてました」
ならばクラスの人気者だったに違いない。では、いよいよ子供時代のお話を伺おう。
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「どんなお子さんでした?」
と問うと、
「小学生の時くらいから、一緒に遊んでいる人が年上ばっかりだったんですよ。小学校1年生くらいのときに、もう中学生くらいの人と遊んでて。おませな子でしたよ(笑)」
う〜む、それは意外。まさか、同級生に友達がいなかった訳では?
「いや、そんな事はなかったですよ。少年野球をずっとやっていて、親父が監督をやっていたりして、野球仲間とかもいて。学校終わってから、野球やったりサッカーしたりというのは多少はあったんですけど。本当にませた子供で、小学生の中で遊びながらも「つきあい、つきあい」って思っていたんですよ(笑)。それで、近所が年上のお兄さんばっかりだったんで、よくその人たちと遊んでいて」
かなり大人びたお子さんだったようだが、決して同級生をバカにしてるわけではなくて、同じように当時人気のあったアニメを観て楽しんだりしていたという。 |
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