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この日は、TVと劇場版の撮影の合間を縫ってもうけられた取材のラッシュ日。私たちは指定された東映撮影所のキャスト用控え室で、彼の登場を待った。分刻みで取材が組まれているので、役者さんは大忙しだ。
ほどなくして部屋に現れた彼は、腰を低くくして謝りながらの登場だった。さほど遅れた訳ではないのに。彼のお辞儀にはいつ見ても感心してしまう。腰を低くし頭を深く下げるので、背の高いはずの彼の目線が、身長150cm足らずの私の目線と同じになる。いや、むしろ彼のほうが低いかも。海堂直也役の唐橋充さんは、とても演じているキャラとは結びつかない程丁寧で紳士なのだ。
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早速、インタビューの主旨を伝えると快い返事とともに、ガツン!とテーブルに手をぶつけてしまった。
「あ、ごめんなさい。張り切り過ぎちゃった(^o^)。エッチな話はダメですよね。皆さん引いちゃいますよね(笑)。もっとも、あんまりエッチな体験は無いんですけど(笑)」
と、早速サービス精神旺盛なところも見せてくれた。
「では、まずはどんなお子さんだったのか、子どもの頃の事を教えて頂けますか?」
と本題に入ると、
「まず引っ越しが多かったですね、生まれは福島県なんですけど。昔ドライブに連れて行ってもらったときには、「ここが生まれたところだよ」っていわれて通り過ぎちゃったくらいのところ。幼稚園まで福島で過ごしました。とにかく落ち着きのない子どもで、ひょこひょこ庭で芝生を掘り返しちゃったりして。幼稚園には1年間多く通っているんですよ。2歳年上の姉貴がいて、姉貴が幼稚園に行っちゃっうともてあましちゃって。母親が年少組に1年早く入れちゃったんです。そっちのほうがお袋も手がかからなかったんですね(笑)。ん? どうやって入園したんだろう? 進級するときに「あらヤダ、1年早かったのね」ってお袋が芝居をしたかどうかは分からないんですけど(笑)。本当に落ち着きのない、今とは違うアウトドア派でした。
その頃「しーん」っていうのが流行っていたんですね、自分に都合悪いと「しーん」っていうの。僕の幼稚園は地区ごとに集団登園で、みんなを待っている時にその「しーん」ってやったら、被っていたお気に入りの帽子がおっこちゃったんですよ、すごい大事にしていた赤い帽子。すごい高い橋の上から下へ。「あぁ、いけないな。大事な物を無くしちゃって」ってガッカリして。「もうちょっと落ち着こう」って改心して幼稚園行って、家に帰ってきたら干してあったんですよ、縁側に。親父かお袋が飛び込んだのか、棒でたぐり寄せて取ったのか分からないんですけど。それが両親に感謝した最古の記憶です」
と、いきなり息をもつかせぬトークが始まった。独特のしゃべり口調、少々早口でいろいろな話題がポンポンと飛び出してくる。うかうかしていると取り残されてしまいそうだ。
さらに幼稚園時代にはこんなエピソードもあった。
「凝ってましたね、作り物に。幼稚園の時にお友達のお誕生会に行って、プレゼントの中に分厚い厚紙を自分で切って作品を作っていくという本があったんですね。「それがなんでうちにはないんだ!」ってケンカして誕生会からつまみ出されたっていうのがありますね。あと「何でジャニーズに入れなかったんだ」ってお袋に言って。お袋によく訴える子どもでしたね(笑)」
ジャニーズ! 確かに今もカッコイイのでジャニーズにいても全然おかしくはないと思うけれど…
「僕は何故そこにいない?っていう、TVを観てて。僕、すごい可愛かったんですよ。「すごいかわいいな、俺」ってずっと思っていたんですけど、中学校からだんだんニキビと出来てきて「ダメだ!」って鏡を見なくなったんですよ」
かなり容姿を気にしていた子どもだったようだ。なんでも、中学生の頃は石井竜也に憧れてて、彼になりきろうと、鼻を洗濯ばさみで摘んでいたというのだから驚きである。でも、そんなちょっと恥ずかしいような話も唐橋さんは楽しそうに話してくれるのだ。
「で、幼稚園時代が終わって、小学校は、東京は文京区の小学校で6年間をすごしました。親父の仕事の都合で」と、ご自分できっちり進行してくれるので、こちらとしては大助かりです。すみません、唐橋さん。
「ちょうど小学1年から6年までの良い時期だったんです。小学校時代は東京で過ごして結構文化違いというか、友達がスタイリッシュだった(笑)。忘れもしない入学式の時にノナカユウタくんに「マジ?」っていわれて、「え? マジってなに?」って。「本当に? とか 真面目に?って意味だよ」っていわれて、そうなんだ!って。でこの頃「なまっているよね」っていじめられるし…小学校時代のいじめの話は、今後僕が「自伝出しませんか?」って仕事が来た時用にとっておいてあるので、それは伏せておきますね(笑)」
では、楽しい話題に
「どんな事をして遊んでいたんでしょう?」
と尋ねると、
「グーニーズごっこですね。あと、鬼太郎ごっこ。小学校3年の時同じクラスのイチヤくんが「イッタン」って呼ばれていたんですね。「じゃあ、君は一反もめん。俺、鬼太郎ね」って勝手に決めちゃって(笑)、スナカマサミさんは砂かけ婆になっちゃうし、もう、かわいそう。で、ちゃんと夢子ちゃんもいたし。で、僕のいたクラスだけはすごい問題児ばかりで、翌年に異例の組替えがあったくらい(笑)。同じ頃、グーニーズごっこにもハマりましたね。無駄に何十メートルも穴を掘ったり、ウソウソ、数メートル。UFOを呼んだり。グーニーズが流行った理由があるんですよ。あのマイキー(演:ショーン・アスティン)ってぜんそく持ちなんですよね、僕らの中にもぜんそく持ちのムードメーカーが一人いまして。彼がその後、埼玉県の空気が良いところ、トトロの森のモデルにもなった狭山へ行ってしまって、随分寂しくなりましたよ。あの頃夜9時に、小学校3、4年生にしてみれば夜中ですよ。その夜中に彼がみんなを呼び出して「今日、UFO呼ぶから」って「やめようよ」って感じでね」
と、かなり小学生時代は冒険好きだったようだ。『グーニーズ』とは、スティーブン・スピルバーグが原案・製作総指揮を務めたキッズアドベンチャー。彼らに憧れた子どもたちは数知れない。唐橋さんもその一人だったというわけだ。そして、そんな冒険心をさらに満たしてくれたのは、夏休みにお父さんが連れて行ってくれたキャンプだったという。
「中学校に入るまでは毎年夏に父親がキャンプに連れて行ってくれました。蛇の抜け殻を見つけて大切にしたものです…運命でしたね(笑)。楽しかったなぁ。食事にカップラーメンが許される時だったし、ジュースを飲んでいい、とか…」
普段だったらとがめられることが、このキャンプの時だけは許されていた。ちょっといつもと違う世界を経験した夏休みだったようだ。さぞや優しいお父さんなんだろうと思っていたら、
「親父、くっそ、怖いんですよ。今だに敬語で生活するんですよ。しつけにはホント厳しかった」
と、意外な答え。でもそのお父さんも、
「そんな怖い親父がこの前電話で「毎週観ているよ」って言ってくれて…なんだか、じーんとしたなぁ」
と、怖いだけに、嬉しさ倍増のようだ。さらにキャンプの思い出は続く。
「でも、キャンプは大きいですよね。滝壺に落ちそうになって死にかけたり、すごい小さい枝に引っかかって傷になっちゃったんですけど、下はもう青と白のすごい綺麗なコントラストで、これなら死んでもいいって思った滝壺だったんですけど(笑)。とりあえず怖かったですね」
こんな怖い思いをしても、キャンプはとても良い思い出として残っている。これもお父さんが山岳部だったからだと言う。そして、そのお父さんのお仕事が…
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「親父はテレビ局の人間だったんですよ。ずっとTVをつけてなくちゃならなくて、会話が結構が難しかったんだとおもうんですよね。あまり喋らなかったですね。TVで速報が、地震情報とか流れるじゃないですか、そうするとすぐ会社に飛んでいかないといけない。普段はお袋と姉貴に育てられたみたいなで、夏になると親父の愛に触れる、って感じでしたね」
なるほど、忙しいお父さんでも、ちゃんとポイントを抑えて子どもと触れあえば、それはいつまでも心に残る思い出になるのだ。でも、その分普段は相当厳しい方のよう…
「怖かったんですね、すごい厳格で。幼稚園に行く前に座禅をさせられるんですよ、縁側で。この子は落ち着きがないからって。「ここで新聞を読みなさい」っていわれて、でも絶対テレビ欄しか見なかったんですけど(笑)。30分座禅してから登園するっていうのがずっと続いてました」
と、この厳しさも父の愛。
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