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東映の本社に最近、秘密基地ならぬ秘密会議室ができたらしい。普通にエレベーターでそのフロアに降りても、その会議室にはたどり着かない。今回の取材はその秘密の会議室で行われることとなった。女性スタッフに案内されながら、本社の中を迷路のように通路を通り階段を降りると、真新しい白い壁とドアが現れた。そこはその会議室しかなく、通路も行き止まりとなっている。明るい内装と行き止まりという不気味な現実がとてもミスマッチで、なんと表現したら良いのやら…。しかし、その部屋へ入ってしまうと、中は新しいイスとテーブルでとても明るいスペースとなっていた。
そして、そこにさらに花を添えるように、かわいらしい女の子が座っていた。今回のゲストの芳賀優里亜ちゃんだ。サラサラのストレートヘアに大きな瞳。文字通りの美少女。さて、弱冠15歳の彼女から一体どんな話が飛び出すのか……。
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まずはそのプロフィールを見て驚いた。今までの仕事、テレビの仕事はもちろん、CMや写真集、それにイベントとあらゆるジャンルでの職歴(?)がびっしりとリストになっているのだ、その数約100件。かなり小さい頃から仕事をしているのかと思いきや…
「小学校6年生のときにこのお仕事を始めたんです」
と、ちょこんと座ったかわいらしい女の子の口から、予想に反する解答が返ってきた。
「一番初めに小6でやったお仕事が、映画『どこまでも行こう』(1999年)だったんですよ。塩田明彦監督ですね」
と、さらにデビューが映画であることも驚きだった。この若さでしっかり女優ではないか! が、彼女にはそんな気取ったところもなく、
「あとはCMだったり広告だったり。それから映画『害虫』(2001年)をやらせていただいて。同じ塩田監督さんなんですけど、『黄泉がえり』を撮った方です。ちょうどその『害虫』を撮っているときに、『おはスタ』が決まって、それで1年間おはガールやりました」
と、サクサクとお仕事が決まり、順調に歩んできたことを教えてくれた。が、
「女優になろうと、この世界に?」
と尋ねると、
「いえ、スカウトです。上野動物園で(笑)」
と、当の本人は至ってライト。
忙しい毎日を過ごしていて、中学校ではあまり思い出も作れなかったようだが、それもこの3月に卒業した。
「中2のときは移動教室には行けたんですよ。合唱コンクールも出られてたけど、文化祭は出られなかった」
と、思い出を語るがそれでもこれはまだタイミングよく参加できたほうだと言う。中学3年生になると仕事はますます忙しくなり、
「文化発表会だけ出られて、合唱コンクールも修学旅行も行けなくて。運動会も出られなかったし、球技大会も、遠足も。そして、今日も。今日は卒業遠足です(笑)」
と、明るく笑い飛ばす。絶対寂しさを感じているはずなのに、そんなことは微塵も感じさせない。さらに
「準備とかもやっていないので、行くとなっても微妙なんですよね。みんなは今まで準備とかやってきているので。合唱コンクールも練習に一回も出なかったし…でも、うちのクラス優勝したらしいんです」
と、強がりではないのだろうが、自分なりに割り切った発言だった。しかし本音もちらり。
「修学旅行、行きたかったですね。寂しい…きゃははは(笑)」
と、寂しさを感じていても、逆にそれをバネしてしているかのようだ。そこには、やはり仕事に楽しさを感じていることも大きな要因なのだろう。
「仕事は楽しいですか?」
の問いには迷いもせず、
「楽しいですね(^o^)」
と答えた。
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「事務所に入って、次々にいろんなお仕事をやらせてもらっていくうちに、お仕事をしているのが当たり前ってなってきて、バラエティだったりするとすごい楽しかったりします。『害虫』が終わった辺りからなんですよね、楽しいっていうのが」
そして、その後『おはスタ』に出演となる。
「おはガールは5人いるんですけど、私は木曜日が担当だったんですよ」
そうそう、『おはスタ』にはおはスタ番長も登場する。これはあのメガブルー、最近ではシュリケンジャーでもあった松風雅也さんが演じている。また、ガオホワイトの竹内実生ちゃんも出演している。その『おはスタ』のおはガールでの経験は、彼女にさらなる仕事のおもしろさを与えてくれたようだ。
「『おはスタ』の中でもいろいろやったんですよ。おはガールとして写真集やDVD、CDも。それも河村隆一さんがプロデュースしてくれて、河村さんのコンサートの前座とかもやらせてもらったりとか。もう1曲は浅倉大介さんが作ってくれたんですよ。それの振り付けがバトンだったんですね。“トワールバトン”って言って、プロの先生に振り付けを習って練習して。おはガールとして、トワリングバトンの全国大会のイベントにもゲストとして披露したんですよ。みんなプロ並みじゃないですか、全国大会なので。なのにその中でおもちゃのトワールバトン(タカラ)を持って1曲踊ったり。盛りだくさんでした。公開録画もありましたし、もちろん木曜日は生だったし。ほとんどのことは経験しましたね」
と、本当に楽しそうにふり返る。が、週に一度とは言え朝早い生放送は大変だったのでは?
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「早起きは苦じゃなかった?」
と尋ねると
「つらかったけど、苦じゃ無かったですね。朝からテンション高いんですよね、3時くらいに起きてましたから。リハは6時くらいから始まってますから。リハ、カメリハ、7時に本番でした。もう、無茶苦茶一日が長いですよ! 終わっても「まだ、お昼?」ってなりますよね。早く起きてて頭がボーとするんですよ。でも、寝る気にもなれないんです。終わったあとに楽屋とかで共演者の方と喋ったりするのが楽しくて」
さらに、おはガールの子たちとは本番では会えなかったようだが(それぞれ担当曜日が違っているので)、CDや写真集の発売もあり、取材など番組以外での交流が多かったようだ。そして、写真集の撮影ではみんなで沖縄に行ったと言う。年齢も近いのでプチ修学旅行だったのではないだろうか?
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