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2003年12月某日。少し曇って寒かったこの日、仲代壬琴役の田中幸太朗さんは、約8ヶ月に渡る『爆竜戦隊アバレンジャー』の撮影にピリオドを打とうとしていた。午後早めにスタジオ入りした田中さんが、オールアップの瞬間を迎えたのは午後8時半ころ。ラストは、全員そろっての恐竜やのシーンだった。
実は、恐竜やでのセット撮影はこの日が最後。慣れ親しんだこのセットもまもなく取り壊される…。クライマックスへ向けての充実感と、一抹の寂しさ。相反する二つの空気が漂うなか、撮影後のキャスト控え室で田中さんにお話を伺った。 |
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ストライプのコットンシャツに着替えて控え室に現れた田中さんは、爽やかな好青年といった印象。会話の合間には、第44話の“えぼり庵の出前青年役”で見せた人なつっこい笑顔がひんぱんにこぼれる。壬琴の禍々しさとは程遠い素の田中さんに、撮影を終えた感想を聞いてみると、
「やりきった感はありますね。今までないですからね、こんな長いのが。皆さんの一年に比べれば短いでしょうけど、“俺も一年やったような気がする”みたいなそんな感じはしますね」
と、すがすがしい表情で語ってくれた。
2003年6月8日オンエアの第17回「戦場のアバレかっぽれ」で初登場して以来、足掛け8ヶ月に及ぶ撮影の日々。今となっては遠い過去のような気すらする壬琴役のオーディションについて、まずは話を向けると、意外な事実が発覚!なんと、オーディション会場にアバレンジャーの4人が乱入したというのだ!!
「いや、ぶっちゃけ入ってこないでほしいなって思って(笑)。オーディションの時に、現在演ってる人に入ってこられても、すっごい気まずいじゃないですか。しかも、最終選考で残ったメンバーの中に友達がいた人もいたみたいで、友達が受かればいいけど、そうじゃなかったら気まずいじゃないですか(笑)」
と、壬琴役を射止めたご本人は当時を思い出して笑う。とはいえ、チームワークの良さで知られるアバレン・キャストの面々に迎えられ、現場にはすんなり溶け込めたとも言うので安心、安心♪
そのオーディションの時のこと。審査員に「『アバレンジャー』を見てる?」と聞かれた田中さんの答えはNO。それも、はっきりと答えたらしい。度胸が据わっているというべきか、はたまた…。が、田中さんいわく、
「だって、見てるって言って、そこでツッコまれてもヤバイじゃないですか(笑)。そしたら、プロデューサーに『ちゃんと見てくれよぉ』と言われちゃいましたけど」
うん、どっちの気持ちもよく分かる(笑)。とはいえ、しっかりと壬琴役をゲットしたのだから、そこはさすがと言うべきでしょう♪ちなみに、当時のプロデューサーに、田中さんに決定した理由を聞いたところ、「単なるヒーローではなく、ヒロイックな中にも悪の匂いがするのがよかった」とのこと。これは、誰もがうなずくところだろう。
そんな田中さんも、やはり子供の時はヒーロー番組を見ていたという。
「記憶に残ってるのは『宇宙刑事ジバン』。感動して泣いた覚えはありますね。ジバンが爆発の中から子供を連れて帰って、そのバックに♪ジバンジバン、人は誰でも〜 って歌が流れて…。そこで泣いた覚えはありますね。でも、自分の枕は『シャイダー』だった(笑)」
主題歌をとっさに歌ってくれるあたり、かなりのフリークだったとみた!さらに、もう少し成長した中学生の時は、織田信長に憧れていたという。
「実力主義者っていうのがすごい良かった。徳川家康は待って待って待って、堪えて堪えて堪えて…で、自分ではあんまり動かず、堪え忍んでチャンスが来たらガーッと行くタイプじゃないですか。で、織田信長は全部チャンスにしちゃうし、豊臣秀吉はチャンスは必ず逃さない。俺は織田信長の強引さが好きでしたね」
と、歴史好きの意外な一面を披露してくれた。 |
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さて、『爆竜戦隊アバレンジャー』で田中さんが演じたのは、典型的な正義のヒーローではなく彼らを翻弄する敵役だったわけだが、決まった時はどんな気持ちだったのだろうか。
「ヒーロー的なもの自体、僕は嫌いじゃなかったんで。やっぱり、いいじゃないですか、正義のヒーロー。まぁ、俺は正義のヒーローじゃなかったんですけど、それは置いといて…。ヒーロー番組って、芝居がまったく違うし、普通のドラマとかのテンションじゃないじゃないですか。ホント、俺は芝居の勉強にもなるなと思ったし、そういう部分でよかったなと」
と、今回の出演を俳優としてステップアップするチャンスと捉えていた様子。オーディションを受けた時も“特撮ヒーローもの”に出演するという意識をしっかり持ち、合格後は台本を読み込んでキャラクターを練り上げていったと言う。 |
準備は万端だったハズ…なのだが、“特撮ヒーローもの”には独特の撮影方法がある。幾度かドラマ出演を経験していた田中さんが、最初に驚いたのはフィルムでの撮影だったという。
「ドラマと違ってフィルムっていうのにびっくりしました。自分の芝居をすぐにチェックできないっていうのに、すごい動揺はしましたね。まぁ、周囲からは『そんなことは役者がチェックすることじゃないよ』とは言われましたけど、でも、その場でチェックできるかどうかで、やっぱり全然違うんですよ。自分がどう映ってるか、分からないのがすごい不安でした」
役者が自分の芝居を初めて目にするのは、アフレコの時。すでに撮り直しはきかない。その段階で「しまった!」と思ったことはある?…と、意地の悪い質問を向けると、
「アフレコん時に『あ〜、失敗したな』と思うことはありました。その失敗が見るまで分からないんですよね。もう撮り直すこともできないですし。だから、最初は後悔することもありました。まぁ、それは今でもあるんですけどね」
と素直に答えてくれた。 |
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